第316話 口説かれてる感
間違いなく肋骨が何本かイカれた殿下に素早く駆け寄ったのは、レイモンド姉様。
姉様が耳元で何やらささやいてから短い気合を入れると、殿下の表情が驚きに満ちる。不思議そうにカミルに打たれた場所を撫でたり叩いたりしているけど……まあ、そういう反応になっちゃうよね。姉様が聖女の力を自重なく使えば、骨折や打ち身なんか、一瞬でなかったことにできるからなあ。
殿下以外のメンバーはレイモンド姉様のことを知っているからいいけど、テオドール殿下にもたっぷり口止めしておかないといけないわね。ロワールの大聖女がバイエルンの辺境で生きていたなんてわかったら、大変なことになっちゃうだろうから。
「それにしても、ロッテお姉さんへの優先権、一ケ月でよかったの? カミルの立場だったら『僕が勝ったらお姉さんに二度と近づくな』っていうのかと思ったわ」
鈴を転がすような声で疑問を漏らすビアンカに、カミルは大人びた調子で答える。
「うん、本気の勝負ならそう言ったかもね。でも今日の対戦はあんまりフェアじゃないんだ。あの殿下の得意なのは馬上戦闘で、地に足をつけての戦いは得意じゃないはずだから」
「ほう、そこまで理解してくれているのか、強いだけじゃなく頭も切れるようだ。なあカミル君……友になろう。俺のことはテオと呼んでくれ」
手ひどく打ち据えられたことなど忘れたかのように、やたら爽やかな笑顔でカミルの肩を叩くテオドール殿下。殴り合わないと友達ができないとか、むちゃくちゃ暑苦しい脳筋男だよね。でもまあ、こう言う率直な人、嫌いじゃないんだけど。
「テオ……殿下」
「殿下はいらん!」
「テオ様」
「不合格!」
「……テオ」
「よしっ!」
なんだか懐かれちゃったカミルは当惑した表情だけど、ぐいぐい迫ってくる殿下がイヤじゃないみたいで、いつの間にか肩を組んだりしている。そうだね、かなり年上だけれど……精神年齢は低そうだし、カミルとはいい友達になれるかも。
◇◇◇◇◇◇◇◇
隣国の皇弟殿下を愛称呼びとかあり得ないわ~と思っていたけれど、マリアツェルの文官さんたちには、もうそれが当たり前になっていた。
「テオさん、おはよう!」
「テオ様、二ケ村から納められた税の確認、お願いします!」
「テオ殿、ちと区割りで揉めておるので、一緒に有力者を説得してもらえぬか?」
相手の地位は当然知っているはず。だけど身分関係にことさら気を遣うはずの文官さんたちがみんなテオ呼び。これって、ありなのかなあ。
「何というか、テオ様の距離感の近さに、みんなやられてしまうのですよね」
執政官ローザですら、これだ。まあ「様」がついているだけ、まだいいのかな? いや「殿下」をつけないと、マズいはずだけど……。
◇◇◇◇◇◇◇◇
そして距離感の近すぎるこの殿下は、私の役目である郊外の妖魔討伐にも、なぜだかくっついてきたりするようになった。
「先日カミルとやった時にはいいところを見せられなかったからな。俺が頼れる男だってことを、聖女に見せつけておかないとな」
何を言ってるんだか。まあ、脳筋殿下らしい発想よね。
「テオ、あまり張り切って、前に出過ぎちゃダメだよ。僕たちの最大の役目は、ロッテお姉さんを妖魔から守ることなんだからね」
いつの間にかカミルまで、ため口をきくようになっている。
「ま、今日のところはいいでしょう。私とルルがしっかりお姉さんをお守りしますので。テオさんは存分に『いいところ』を見せてくださいね」
うっ、ビアンカまで。なんだか周囲から外堀を埋められて、距離をじわじわ詰められてしまっている気がする。私がそうつぶやくと、耳がいいらしい殿下が嬉しそうにこっちを向いた。
「そう、作戦通りなのだよ聖女。東方にはこういう格言がある、『将を射んと欲すればまず馬を射よ』ってね」
この殿下、脳筋のくせに結構教養もあるんだよね……だけどその深慮遠謀を、黙っていればいいのに大声で触れ回っちゃうあたりが、やっぱり脳筋なのよ。流されやすい私でもその威勢の良さに、つい一歩引いてしまうのだ。
「今日はレベッカ様もいませんから、怪我してはダメですよ!」
「おう、任せてくれ!」
ビアンカの注意に刀を突き上げて応える殿下は、ムダに男っぽくて、ムダにかっこいい。
「……いきますよ! この者たちに、力を与えよ!」
「おう、これが噂に聞く聖女の加護か! 素晴らしいな!」
私のバフでも殿下が大げさに喜んでくれるのが、ちょっと嬉しい。いや、別に殿下に褒められたから特別嬉しいってわけじゃないよ。姉様とはヒトケタ威力が劣る私の力でも、役に立つんだって思うと、ぐぐっとやる気が湧いてくるのだ。
「次いきます! 悪しき者を、弱体化せよっ! 皆さん、お願いします!」
私の「弱体化」に合わせ、騎士様たちがゴブリンが大量に巣くっているという森に進んでいく。やっぱりというか、脳筋殿下はあれほどカミルに注意されたというのに、先頭を切って突っ込んでいく。カミルはため息をつきつつ殿下の後を追う、だってケガさせたら、外交問題になるもんね。
だけど脳筋殿下、大きな口をたたくだけのことはあるわ。見る間に五~六体のゴブリンを斬り捨てている。弱体化されているとはいえ駆ける速度を落とさず妖魔の急所を正確に薙ぎ斬って進むその身のこなしは、大したものね。わざわざカミルがフォローしにいくまでのこともなかったか。
殿下を先頭に、討伐隊はどんどん進んでいく。私はのんびり騎士様たちの後をついていくだけ。
「う~ん、今回は楽させてもらえそう!」
そういう発言は、えてしてフラグになるものだと、知っていたのに。言わなきゃよかったとあとで後悔することになる私だった。
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