第315話 脳筋どもめっ!

 領主公邸の中庭は広い。


 もう夜だって言うのに、事の成り行きを面白がったみんなが篝火を四隅に焚いて、剣の腕比べをする二人を、やたらと煽りまくっている。


「カミル? まさか負けたりしないわよね?」

「お姉さんを取られちゃうぞ!」

「きっと勝者には、シャルロッテ様とデートする権利が与えられるのでしょうなあ」


 寒空の下、なぜかみんな盛り上がっている。あれ、今日は、私の誕生イベントなんじゃなかったっけ。もうすっかり最初の目的は、忘れられているなあ。


 カミルはいつもどおり両刃のロングソードだ。もちろん木製で重さをそれっぽく合わせてある練習用の剣だけど、彼の力であの重い木剣を当てたら、刃はないと言えども骨折くらいでは済まないだろう。まあ、今日はレイモンド姉様がいる、下手を打っても死ぬことはないよね。


 一方のテオドール殿下は、東方風の幅広く片刃の刀だ。カミルと同様に重さはそれなりに作ってある木製の模擬刀。軽く一振りするとびゅっと風鳴りがする。あれ? この不真面目殿下、実は強かったりする?


「よしっ、カミル君だったな、いくぞ!」


 テオドール殿下が地を蹴って一気に肉薄する。そして先ほどの素振りよりはるかに鋭い斬撃を、立て続けに見舞う。その太刀筋は皇族の手習いレベルではなく、前線の精鋭が振るうそれだ。思わず息をのんでしまう。


 だけどカミルだってもう、百戦錬磨と言っていい。背負った剣を抜くのもやっとだったくらい背丈がちっちゃかったころから、ずっと実戦でもまれてきたのだから。長く重い剣を器用に取りまわして、間断なく襲う殿下の斬撃をすべて正確に受け止めている。


 なかなか攻撃に出られないカミル。まあそうよね、より短く軽い刀で休む間もなく攻撃を浴びせ続けられたら、より取り回しの難しいロングソードを使う彼は、受けるのが精一杯になっちゃうよね。殿下もそれが狙いなのだろうな、攻撃は最大の防御だってのは、ある意味真理だね。だけどあのまま受けるだけじゃ、そのうち負けちゃうんじゃないかな?


「しかし、驚きました。あの殿下、強いです。振りの鋭さと手数には、カミルも少し閉口しているようですね」


 いつの間にか私の隣に立ったクララが、小声で言う。そっか、剣については達人領域のクララには、この戦いの細かい機微が見えているのだろう。


「やっぱり、そうなんだ……クララなら、勝てる?」


「ふふっ。ロッテ様の魔力を頂ければ必ず」


 え? それじゃ、魔力バフなしだったら危ないってことかしら。素のクララといい勝負って言われると、にわかにカミルのことが心配になってしまう。


「大丈夫ですよ、ロッテ様。カミルは機会を待っているのです」


 私の顔に不安が浮かんだのが分かったのだろう。クララは口元をふっと緩ませた。う〜ん、カミルを信じていいってことなのかな。


 カミルが少し笑みを浮かべた気がした瞬間、下から斜めに長剣が斬り上げられて、殿下が間一髪で飛び退いた。まるで風鳴りがここまで聞こえるような鋭い一颯だったのに、躱したテオドール殿下も、かなりの練達ぶりなのだろう。すかさず攻撃に転じた殿下だけれど、さっきの一撃には驚いたようで、明らかに防御に向ける意識が上がっている。


 激しい斬撃を受け止めながらも、カミルが何か殿下に言ってる。ここからは聞き取れないけれど、それを聞いた殿下が、嬉しそうに笑った。


 そして、また展開は元通り。一方的に殿下が攻め、カミルが全て受ける。いつまでこれ続くんだろう。ドキドキして目が離せないけど……外は寒いよ。


「そろそろ、展開が動きます」


 クララがつぶやく。私にはわからないけれど、殿下の微妙な動きに、変化があるのだろうか。ひたすら鋭い太刀を浴びせているだけにしか、見えないけど。


 だけどクララは正しかった。ひときわ早い三連打の直後、テオドール殿下は素早く構えを変え、斬るのではなく、一撃必殺の刺突を見舞ってきた。斬撃は長剣で打ち払えるけれど、全力で身体ごと突っ込んでくるこの攻撃は、剣で合わせようとしても無理だ。私は思わず、息をのむ。


 対するカミルの動きは、むしろ緩慢にも見えた。殿下の刃に逆らうことなく、するっと身体を入れ替えるように滑らかな動きで、本当のぎりぎりで躱す。そして彼の眼の前には、全力の刺突で体勢を崩した、殿下がいた。そして十分な余裕をもって振るった横殴りの一撃は対手に再起不能のダメージを与え……地に這わせることになった。鋭い部分が当たらないようには気を遣っていたようだけれど、なにしろ重みと速度がある。間違いなく肋骨がいっちゃってるはず……あれはその場じゃなく、後からどんどん痛くなるのよね。


「うむ、参った。強いな……」


 脇の下あたりを押さえながら立ち上がろうとしている殿下が、素直な賞賛をカミルに送る。なぜだか嬉しそうなところは、さすが脳筋。高貴な生まれの方なのに、身分が下の者に敗れても、変なプライドを振り回したりしないところは、すっごくポイント高い。


「お姉さんを渡したくないので、頑張りました」


「残念だがちょっとの間は、君に優先権を渡すしかないようだ。だが待つのは精々一ケ月だぞ? うわっ、いてて」


 どうも二人の間では、私に迫る権利を賭け物にしていたらしい。好かれているらしいのは嬉しいけど、不謹慎な人たちよね!


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