第314話 十九歳のバースデー

 そんなこんなで、私は十九歳になった。


 十八歳の一年は、いろんなことがありすぎた。いいことも、悪いことも。


 クララとマーレの結婚に祝福を授けることができたのは、とっても嬉しかった。邪魔くさいと思っていた聖職者の称号が、初めて役立った感じ。そして何より、もう会えないと思っていたレイモンド姉様と、もう一度同じ時間を過ごせるようになった。不信心聖女の私も、神様に感謝したよ。


 そして、とっても大事な人ができた。聖女の私じゃなくて、素の私が好きだって言ってくれる、とっても優しくて紳士的な人が。あ、正確には人じゃなかったね。そういう方向ではかなり引っ込み思案の私もついほだされて、一緒に生きていく決心ができたんだ。


 だけど、同じ生涯を歩こうって決めた直後に、彼は手の届かないところに行ってしまった。私を守る、それだけのために。私のおかしな選択が彼の生命を縮めてしまったのかもしれないけれど、もう後悔はしない。そういう私が好きだって、彼が言ってくれたのだから。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 十八歳のバースデーを祝ってくれたのはビアンカとルル、そしてカミルの三人だけだったけど、十九歳のそれは、随分にぎやかな顔ぶれが揃った。


 ルルはいつも通り私の肩を占領している。そしてカミルも私の向かいの席で、この日のためにビアンカが狩ってきてくれた鹿のローストを、ご機嫌で頬張っている。


 そして隣には、レイモンド姉様。普段はシュトローブルのリンツ商会にレベッカと名乗ってお勤めしている姉様だけど、わざわざお休みをとって駆けつけてきてくれたのだ。とっても落ち着いた色合いの、銀の腕輪がプレゼント……うん、もちろん大事にする。


 クララも今日はゆりかごで笑うファニーに眼をやりながら、みんなのお給仕をしている。さすがに貴族になった我が家にはメイドさんがいるというのに、つい働いてしまう彼女が可愛い。それにしても、こんなに人がガヤガヤしているのにまったく泣かないで落ち着いているファニーは、かなりの大物ね。お母さんに似たのかしら。


 そして単身赴任の旦那様アルノルトさんも、今日はわざわざお祝いに来てくれた。ま、愛する妻子を訪ねるついでだと思うけどね。


 賢者ディートハルト様とヴィオラさん、そしてファニーよりちょっとだけお姉さんの、クリスタもいる。まだ子作りブームが続くサーベルタイガーの族長たるヴィオラさんは、三人目をお腹に宿している。無事に生まれるように彼女のお腹を撫でて私の魔力をちょっとずつ注ぎ込んであげるのが、最近私の日課だ。


 みんな、私の家族と言っても過言ではない、気の置けない人たち。だけどよく見れば、呼んでもいないメンバーが一人、混じっているような。


「どうしてここにいるのですか、皇弟殿下?」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 その人は、不思議そうな顔で私を見る。どうしてそんなことを聞くのかとでも言いたげに。


「心外だな、聖女。君の誕生日と聞けば、共に祝わないわけにはいかないだろう」


 む〜、なかなかずうずうしい。そもそも今日ホームパーティーするなんて、一部の人しか知らないはずなんだがなあ。


「ローザが教えてくれたのでな」


 しまった。すでにローザはあちら側の人になっていたんだった。行政府で「実習」している皇弟殿下は、その気さくさと実務の優秀さで、すでに文官たちの心をがっちり掴んでしまっているのだった。確かに私もいくつかの案件で絡んだけれど、理解と判断の速さは舌を巻くレベル。実務知識はローザの方が上だけれど、割り切ってずばっと決める力は、さすが国を率いる側の人と感心する。


 だからと言って、こうあっけらかんと図々しい振る舞いをされると、腹も立つ。これは、一発ぶちかまさないといけないだろう。


「呼んでもいないのに他人のホームパーティーに乗り込むとか、高貴な方のなさることではありません!」


「むむ、俺は『他人』だと思っていないぞ。だって、求婚者じゃないか」


「うぐっ」


「ここにいる人達も俺の家族になるかも知れないと思えば、きちんと挨拶をしておかねばならないと言うものじゃないかな」


「……」


 この不真面目皇弟殿下は、なかなかお口も達者だ。あっという間に私は劣勢に立ち、もごもごつぶやくだけになってしまう。しかもこの皇弟様、私としては嫌いなタイプではないのが、また始末に悪い。こうやってまた流されやすい私は、ほだされてしまうのかな。


 その時私と殿下の間に、長身の影が割り込んできた。


「ああ、ロッテお姉さんの伴侶には、ずっと前から僕も立候補していますからね。譲る気はありませんよ、皇弟殿下」


 うっ、カミル、また話をややこしくする気満々ね。その茶色の眼は、何やらぎらぎらと闘志をみなぎらせている。でも、相手が皇弟でもこうやって身体を張って私を守ろうとしてくれている姿には、すこしきゅんとする。


「そうか、ライバルというわけだな。まず君に認めてもらわないと、聖女を誘うこともままならぬか……よし、どちらが聖女を守るにふさわしいか、腕を競ってみないか?」


 うはあ、脳筋の皇弟殿下は、こんなシチュエーションを喜んでいる。困るんだなあこういうの。まあ、カミルはこんな挑戦に、乗っかるわけないから安心ね。


「お望みなら受けますよ。ただ、無様な戦いをしたら、ロッテお姉さんにはもう会わせませんからね」


 あれ、何で受けちゃうのカミル!


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