第313話 研修生は皇弟様
とりあえず、平和なマリアツェルの生活が戻ってきた。
私は相変わらずファニーを愛でつつ、せっせと妖魔狩りなどをやっている。やっぱり民たちには、歌劇で大げさに飾られた「戦う聖女」の印象が強いみたいで、そう言った活動をやる方が、ウケがいいのだ。それに、旧アルテラ領は、やっぱり人の住む領域が少ない分、妖魔の数も多いからね。
本当は、行政面にももっと関わらないといけないのかなと思ったりもするけど、私が変に動くと、執政官のローザに負担がかかってしまう。ただでさえ休日もなく、連日深夜まで行政府に詰めて働きまくっている彼女にこれ以上無理はさせられないから、上がってくる簡潔な報告書を、ビアンカが易しい言葉に直して毎晩教えてくれるのを聞くだけという立場に、あえて甘んじている。
そんなわけで、今日も今日とて妖魔が住み着いた洞窟の浄化に精を出している。敵の数がわからないから慎重に、私が部屋や階層ごとに「弱体化」のデバフを掛けて、騎士様やカミルが物理的に潰して徐々に押していくという、オーソドックスな戦術しかない。この戦い方に慣れた騎士様方はもはや危なげなく、時間はかかったけれどボスであったらしい上位種のゴブリンを倒して平定は終了。
住民たちの歓呼の声に覚えたてのアルテラ語で応え、マリアツェルの公邸へ帰ってきて上機嫌でお茶など頂いていた私だけど、行政府からの報告を読み込んでいたビアンカが血相を変えて飛び込んできたのに驚く。
「ロッテお姉さん、大変ですっ!」
「うん? どうしたの?」
「明日、王都から行政府に研修生が来ます!」
「新領地なんだから研修生の一人や二人来るでしょう。目一杯こき使って、ローザを楽にしてあげればいいんだわ……で、何でそんなに慌てているの?」
そう、研修生なんて珍しくもない、シュトローブルでも何人か受け入れているし。なのにビアンカがそんな驚いた表情をするのはどうしてだろう。そんな思いで平静にお茶を飲み続ける私に、彼女は悲鳴のような声を上げた。
「研修生のお名前は、テオドール様。テオドール・フォン・アッティラ……あの皇弟殿下ですっ!」
今度は、私が口に含んだお茶を逆噴射する番だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「皇弟殿下!」
「テオドールと呼んでくれ」
「テ、テオドール……様、どうしてこんな辺境まで?」
「もちろん、君に逢いたかったからに決まっているではないか」
馬車にも乗らず、騎馬で来られたテオドール殿下を慌てて出迎え、問い詰める私。だけど返ってきたのは気が抜けるような答えだった。
「いや、でも、でんか……テオドール様は、ご自身を実相は人質だっておっしゃっていましたよね。アルテラからの人質の方が、アルテラ国境の街に来て、いいんですか?」
「実相はね。だが名目はあくまで留学生だ、実習で学ぶべきものがマリアツェルにあるならば、来ても構わないだろう? まあ一応、国王陛下とは話がついてるから」
そう言って笑う殿下。陛下との話が……って、きっとまともに話をつけたんじゃないわよね。外交関係をネタに脅したりはしてないよね? 怖くて聞けない。
「こんな辺境で実習って……何をなさるおつもりなのですか?」
「目的は聖女なのだから実習の方はどうでもよいのだが、アルテラでは働かざる者は男と認めてもらえぬからな。行政府の手伝いなどするとしよう。ここは先日までアルテラ領であったところ、俺はいろいろ現地事情も知っているし、知己も多い。きっと役に立つぞ?」
いや、女目当てで人質の役目を放り出してくるような人に、期待できないんですけど?
◇◇◇◇◇◇◇◇
「領主様、あの皇弟殿下の能力は、実にすばらしいです!」
「いやはや驚きですロッテ様、テオドール殿下の働きぶり、感服ですな」
むむっ。執政官ローザと、補佐している賢者ディートハルト様が、異口同音にあの不真面目殿下を激賞している、なぜなんだ。
わざわざマリアツェルくんだりまで私に逢う目的で来たというふざけた言い分に呆れた私は、名目通り「実習」させて差し上げるべく、実務が溢れて回らなくなっている行政府のど真ん中に、殿下を放り込むことにした。もとより一緒に遊んであげる気はない、激務に流されてしまえばよいのだわと。
「私が捌ききれず溜まっていた懸案を五日の間に片付けてしまわれました!」
「交渉が難航していた区割りの件、反対派の商家に直接出向かれ、説得してしまわれて」
しかし私の思惑は、見事に外れてしまったらしい。混乱する行政府に乗り込んだ殿下は、わずか一週間のうちにその執政能力を文官たちに見せつけ、支持を取り付けてしまった。あげくの果てにこの二人……私が頼り切っている二人まで、手懐けてしまったというわけだ。
「行政府にあの方がいらしてくれたお陰で、私もゆっくり晩餐をとれるようになりました。領主様も、デートの一回や二回、お付き合いして差し上げたらいかがですの?」
うはっ。ローザまで寝返らされてしまったか。なかなか強敵だったようね、不真面目殿下のくせに!
◆◆作者より◆◆
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