第312話 断ったつもりでした
「ふむ、やはりそうなるかのう。聖女がそう申すなら、仕方ないじゃろ」
私の返事を聞いた陛下は安堵したような、それでいてがっかりしたような、とっても複雑な表情をした。
陛下に申し上げたのは「どちらもお断りしたい」ってこと。じっくり考えたけれど、やっぱりそれ以外の結論は、出なかったの。
まず、第三王子アルベルト殿下。
まあ冷静に考えれば、この縁談はバイエルン王国にとっては良いでしょうけれど、私の実家であるハイデルベルグ家にとっては、かなりよろしくない。
だって、クリストフ父様やカタリーナ母様からすれば、有力貴族となった私がマーレ姉様の後ろ盾になることを期待していたわけよね。王子様と結婚してしまったらシュトローブル家の意思決定は王子様が牛耳ることになるだろう、姉様のバックアップは難しくなるわ。
アルベルト殿下が王太子絶対支持派なら問題ないのだろうけど、彼は王位継承権二位……仮に王太子を排除すれば、自らが王になれる立場なのだ。とても信頼できる後ろ盾とは、言えないよね。だったら隣国アルテラの皇族とくっつく方がマシってカタリーナ母様がおっしゃるのも、無理のないことだ。私の優先順位はあくまで、国のあれこれよりハイデルベルグ家のみんなが第一だから、この話は進めるべきではないだろうな。
そして、クララもカミルも感じていた、アルベルト殿下が目一杯醸し出している甘~い雰囲気の中からたまに覗く影のようなもの……あれはとても気になる。何かとても良くない予感がするのだけど、さすがに根拠もなく王子様の悪口を陛下に申し上げるわけにはいかないので、そこは口をつぐむことにする。
そして、アルテラ皇弟テオドール殿下。
最初は「何なのこの人!」と思ったけれど、じっくり話せば話すほど、素直で率直で、とってもいい人だった。あ、男性に「いい人」ってつけたら、傷ついちゃうのだったか。
いかにも王族という雰囲気をまとっているアルベルト殿下と違って、まるで庶民のように気楽で、そして野性的かつ男性的な彼……ロワールで聖女やってた頃に出会っていたら、きっと好きになっていただろう。
加えて、私の「戦う聖女」姿が大好きだってところもポイント高い。この人ならば、私を邸宅や宮殿に押し込めたりしないで、やりたいことをさせてくれそうだ。
だけど……やっぱりこの人との縁談を進めるのは、躊躇する。
アルテラ国境の要衝を領する私がアルテラ皇族をお婿さんに迎えることが、バイエルンという国にとってきわめて危ない振舞いであるのは、国王陛下があわてて当て馬王子をあてがったことでも明白だ。陛下は腹黒だけど、私のことを可愛がってくれていることは事実だし……あまり困らせたくは、ないわよね。
ヴィクトルのことだって、まだ半年ちょっとしかたってなくて……ようやっと思い出にできそうな気持ちになってきたところだ。さすがに、今すぐ新しい人生の伴侶を選ぶというのは、精神的に厳しい。
そして、カミルの存在がある。ずっと私を好きだって言い続けてくれている、とっても優しい子。
ライバルのヴィクトルがいなくなってしまったけれど、私の気持ちが落ち着くまで、急がずじっと、待ってくれている。彼の気持ちにどう応えるのか、まだ考える余裕はないけれど……一番私を大事にしてくれる男性だってことは、間違いない。彼を放っておいて他の男性の手を取るっていう選択肢は、やっぱりないよなあ。
「済まぬの。さすがに外交ルートで正式に申し入れがあったこと故、はねつけるわけにもいかなんだのじゃ。聖女の気持ちを考えればもう少し待つべきであったろうが……」
「いえ、陛下のご配慮は存じております」
陛下のお顔にはいつもの腹黒い笑みは浮かんでおらず、本当に申し訳なさそうな表情をしている。まあ、アルテラとは戦争直後だ、その関係にはとっても気を遣うのだろう。
きっと、アルテラの皇帝陛下はこの件ためらったはず、だって私とヴィクトルのあれこれも、ご存じなのだから。だけど、あの直情径行の権化みたいなテオドール殿下の勢いに押されて、だめもとで申し込みをされたのだろうな。ずいぶん、兄弟仲が良さそうだったし。
うん大丈夫だよ。イグナーツ陛下は外征に明け暮れる帝国を変えようと立ち上がられた方だ、この件を戦争の理由に利用したりは、決してしないだろうから。
「うむ、ご苦労だったの。そうそう、王妃がぜひ聖女と茶を飲みたいと申して居る、せっかくだから、ちょっと寄って行ってくれぬかの?」
陛下のお顔は、いつもの腹黒に戻っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
バタバタしたけど、なんとか縁談をお断りできた。
その後、第三王子殿下からは何度も観劇やお茶会へお誘いの手紙が届いたのだけれど「任地へ帰らないといけませんので」の一点張りで逃げ切った。まあ、王妃様や親友ティアナ様とのお茶会には行っちゃったのだから、私が王子様を避ける意図は見え見えになってしまっているだろうけれど……国王陛下が断っていいとおっしゃっているのだ、とにかく逃げよう。
不思議だったのが、私との縁談をあれだけ強引に進めたはずの皇弟テオドール殿下が、まったくコンタクトをとってこなかったことだ。う~ん、なぜだろう。脳筋っぽい方だったから、相手が乗り気でないならすっぱり引こうという男気を、発揮されているのかな。だとしたら、とってもありがたいのだけど。
「私の見ますところ、あの御方の執着ぶりは、一回断られたくらいで諦めるものとは思えません。思わぬ方向から、また攻めてくるのでは……」
やめてクララ、そういうフラグっぽいものを立てるのは。私は頭を振って、不吉な思考を追い払った。
そうやって全て片付けた私は、心も軽くマリアツェルに帰った。そう、片付けた……つもりだったんだよ。
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