第311話 戦う聖女に惚れたわけね
私とテオドール殿下は、もちろん面識がない。私にいたってはこのお見合いまで、アルテラにそんなお名前の皇弟様がおられることも知らなかった。
だけどなぜだか、殿下の方は私をご存じらしい。会ったことはないはずだけど……兄のイグナーツ陛下から盛りまくった話を聞いて、勝手にバイエルンの聖女への期待を膨らませてしまったのだろうか、だとしたら実物を見た今、がっかりしちゃってるかも。
「それは、君の姿が眼に焼き付いて離れなかったからさ。どうしても、もう一度見たいってね」
うん? 今の言葉は、殿下が私の姿を見たことがあるって言ってるんだよね。
「失礼ながら、殿下にお会いした記憶は、ないのですが……」
ちょっと気圧されつつそう口にすると、殿下はにやっと笑った。
「そうだな、あの時の聖女は俺のことなんか見えていなかっただろうな。だが俺の記憶には二度と消せないくらい、しっかり残っているんだ……君が妖しい紫色の光を放つ長剣を振るって、アルテラ秘蔵の魔導砲を、真っ二つにぶった切る、その瞬間が!」
「え、あ……あの時、見ておられたのですか?」
確かに、そういうシーンを演じた記憶はある。アルテラの魔導砲を壊すため、本来ならヴィクトルが振るうべき魔剣グルヴェイグを携えて、決死隊のみんなと敵軍のど真ん中に突っ込んだ、あの時。
「そうさ。あの戦いに臨む前に、俺は意を通じるイグナーツ兄に言い含められていたのだ、特攻してくる者がいたら、決して戦わず隠れていろと。だから君達が突っ込んで来た時、傍の藪に隠れて息を殺してすべてを見ていたのさ」
「あ……そうだったのですか……」
そうか。あの時はすべての篝火を消して周囲は闇の世界。だけど私の魔力をたっぷり注ぎ込んだグルヴェイグは、紫のオーラをギラギラと放っていた。あの光景を見ていたら、私の姿が何やらすごいものに感じられても、仕方ないわね。
だけど、これでわかった。この皇弟様が無理筋の縁談をごりごり押してきたのは、あの時見せちゃった勇ましい私の姿に魅かれてしまったというわけなんだ。アルテラは脳筋の国だからね、魔剣を操り敵陣深く斬り込む乙女とか、きっとストライクど真ん中なんだよね。だけど、あの場面の主役は私じゃなくて、グルヴェイグだと思うのだけど。
「まあ、あれは私の力ではなく、魔剣の力なので……」
「おお、そこにあるのがあの時の魔剣か! 実に美しく、しかも鋼をバターのように切り裂くあの切れ味……さぞかしゆかしきいわれのある剣なのだろうな!」
「それが、私にもよくわからないのです。名も知れぬ傭兵が持っていた剣でしたし……」
うん、グルヴェイグとは随分仲良くなったのだけれど、彼女の由来なんて知らない。だって、彼女の歴史は別れと死に彩られているだろう……根掘り葉掘り聞いたらいけないような気もして。
「うむ? その傭兵から譲り受けたのか?」
「いえ、襲ってきた傭兵を倒したことで、私と共にあった者が佩くところとなりましたので」
「共にあった者とは?」
うん、そこにはぐっと食いついてくるのね。まあ、お見合い相手としてはその点、気になるだろうな……ここは、正直に申し上げておかないと失礼に当たるだろう。
「はい。私には、共に生きようと約束した者がおりました。彼が、グルヴェイグ……この魔剣を所有していたのです。あの戦で、味方の怠慢により苦戦に陥った私たちを救うため、自らは犠牲となってしまいましたが。それでやむを得ず、私がこの魔剣を受け継いだのです」
努めて冷静に話そうとしたけれど、後半になると鼻の奥がツンとしてきた。すかさずクララから差し出されたハンカチを、眼に当てる。
「いや、す、済まなかった。知らぬこととはいえ、思い出したくないであろう出来事を口にさせてしまったこと、心から詫びる」
皇弟様が、途方に暮れたお顔を、私に向けている。粗野な第一印象だったけど、意外と少年っぽい、可愛い方のように思えてきた。ここは、フォローしないといけないかな。
「いえ、もう大丈夫です。ただ、そのような出来事があった後なので、しばらく伴侶のことは考えられない心情と申しますか……」
「う、うむ、そうだろうな。申し訳なかった、俺の性急な申し入れ、さぞかし迷惑だったことだろう」
あら、ちょっとお薬が効きすぎたかも。でもこれで、縁談は諦めてもらえるんじゃないかな。
「聖女には時間が必要なのだな。だが俺が惚れた気持ちにも嘘はない、まずは善き友人として扱ってもらいたい、いつまでも待つぞ!」
え~っ、待たれても、困るんですけど!
◇◇◇◇◇◇◇◇
そうして秘密をぶっちゃけた後は、ぎこちなさも取れて、楽しく会話できた。皇族の方とは思えないほど開けっ広げで率直なテオドール殿下の姿勢に、私も最後にはすっかり打ち解けてしまった。気が付くと、初対面の方になんてとても話せないプライベートなことも、ついつい口にしてしまったような気がする。
彼が是非にとせがむので、ついついグルヴェイグに魔力を注ぎ込んだりもして見せてあげた。刀身が妖しい紫色の光を放つのを見た彼の表情ったら、まるで自分だけの宝物を見つけた少年の姿みたいだった。
そんなこんなで、お見合いだというのに、テオドール殿下とのひとときを私はとっても楽しんでしまった。
「合格ラインは超えていますわね、あとはロッテ様のお心次第」
(うむ、あれは良い男じゃな。魔力さえあれば、妾の持ち主として認めてもよかったくらいじゃ)
帰り道、クララとグルヴェイグが口々にテオドール殿下を褒める。二人とも男性に対しては辛口なはずなのになあ。
「二人のうちお姉さんがどちらかを選ばないといけないなら、断然今日の皇弟がいい。僕としては、どっちも選んでほしくないけど」
カミルまで、そんなことを言うの。うん……正直言うと、ヴィクトルのことがなかったら、私もあの野性的な殿下を、好きになってしまったかもしれない。
でも、やっぱり今は……。
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