第310話 テオドール様

 お見合い会場は、親しい伯爵家が王都郊外の閑静な森に持っている別荘だ。夏だったら、木の香りを胸いっぱい吸い込みながらガーデンティーパーティとか楽しそうな場所だけれど、今は冬空の下……寒々しさが身に染みる。まあこう言うところの方が、目立たなくていいんだけどね。


 今日もお供の侍女はクララ。護衛団の一人としてカミルも来てくれている。


(楽しみだのう)


 呑気なことを言うのは、斜めに背負ったグルヴェイグ。そりゃ貴女は気楽でしょうけど、私は結構緊張してるのよ。だって、ご機嫌を損ねちゃったら外交問題になっちゃうわけだし。


「アルテラ側は先においでになっているようですわね」


 クララの言う通り、すでに馬が四頭つながれている。馬車なんかは見かけないし、お供は三人だけってことなのかしら。少ないよね?


「皇弟様なのに、ずいぶん簡素なのね」


「この国でのお立場は表向き留学でも、内実は『人質』ですから。目立つことはしないように心がけておられるのでは」


 なるほど。そういう気が遣える方だってことね、まずは好印象かな。


 来意を告げ、伯爵家の使用人さんが広間に案内してくれる。暖炉には赤々と薪が焚かれて、そこから伝わってくる温もりに、思わず小さく満足のため息をつく。だって、外はあまりにも寒かったのだもの。そして、その暖かさに気を取られていた私は、接近してくる何かを、意識していなかった。


 気がつけば、いきなり両手を包み込むように握り込まれていた。


「やっと会えたな、聖女!」


 え、あの、何なの? あれ、この方が皇弟殿下?


 バイエルンでの男女関係は割とおおらかだけど、いきなり初対面の令嬢の手をがっしり捕まえて離さないなんて厚かましいことをする貴族はいない。戸惑うばかりの私の顔を見て、なぜだか嬉しそうに笑う皇弟殿下。


「思っていた通りの神秘的で可憐な姿、初心そうな表情にも惚れそうだ。是非、俺を伴侶に選んで欲しい!」


 いや、あの。何が何でも急ぎすぎだし、直截的すぎるでしょ! 


「あ、あの……初めまして、シャルロッテ・フォン・シュトローブルです」


 悲鳴を上げたいのを辛うじて抑えて、へらっとした微笑みを浮かべて淑女っぽくご挨拶。神官服だからスカートはつまめないのだけど。


「おお、俺はテオドール。テオドール・フォン・アッティラだ。末永く、よろしく頼む!」


 そう言ってまた私の手をぎゅうっと大きな手で握って、ぶんぶん上下に揺すってくる殿下。いきなり末長くとか言われても、私は困る……う~んこの人、とにかく押しまくってくるなあ。流されやすい自分の身の安全が、心配になってきた。


「失礼ながら……我が主は戸惑っております。まずは落ち着かれて、ゆっくりご一緒にお茶なりと召し上がられては」


 クララが優雅な仕草で、しかし決然と皇弟殿下と私を引き離し、ずけずけっと苦言を呈する。ありがたいけど、無礼だとかなんだとか、クララが責められないといいのだけど。


「うむ、そうだな。すまなかった侍女殿、まずは私のことを聖女殿に知ってもらわないといかんよな」


 意外なことに、殿下は素直に詫びを入れた。


 侍女……しかも獣人に指図されたりしたら、高位貴族の方ならたいていプライドを傷つけられてお怒りになるのだけど、テオドール殿下は相手が人間か獣人かなんて、そういうことは気にされないらしい。粗野な振舞いに最初びっくりしたけれど、うん、悪い人ではないみたい。


「そういうわけで、俺はアルテラの皇弟、皇位継承権は一位だ。バイエルンには留学……という名目で来ているが、実相は人質だな」

 

 へえ、そんなことをさらっと、気にする様子もなくおっしゃるなんて、おかしなプライドにも縛られていないんだな。とっても粗削りだけど、やっぱりいい人なのかも。


「継承権一位の方が人質なんて、あまり例を聞きませんが……」


「ああ。普通だったら俺の三つ下の妹あたりを、王族の誰かに嫁がせるとかその辺が適切だったんだろうな。だが俺は、自分で志願したんだ、バイエルンにどうしても来たかったからな」


 あら、決して肩身が広くない人質の立場になってまでわざわざバイエルンに来たいなんて、何が魅力だったんだろう。う~ん、バイエルンのお肉料理は美味しいけど、アルテラだって遊牧民が建てた国だ、肉料理は負けていないはず。それとも、名物のエールが飲みたかったのかな……私はワインの方が好きだけど。


「バイエルンの何が、そんなに魅力だったのですか?」


 つい話に引き込まれてそう聞いた私、だけどその答えは、意外なものだった。


「聖女、それは君に会うためさ!」


 う~ん、わけがわからない!


 眼の前にいる野性的なイケメン……こげ茶の髪と明るい茶色の瞳をもった、小麦色の肌の皇弟様は、さっきから熱く私を見つめている。そして、私に会うだけのために、人質にまでなってこの国にやってきたのだという。それが本当なら光栄に思うべきところなのだろうけれど……。


「でも、テオドール殿下。どうして私に、会いたいと思われたのですか?」


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