第309話 次は皇弟様

「思った通りを申し上げて、よろしいですか?」


 うん? 何だかためらっている様子のクララ。何でわざわざ念押しするんだろう。


「もちろん、クララの眼を信頼してる。貴女の正直な印象を聞きたいわ」


 少し寄せられた眉が緩み、クールフェイスが少しだけ優し気になる。


「それでは……ああ、カミルも来ましたね。彼の意見を先に聞きましょうか」


 クララの視線の先には、すっかり長身になったカミルがゆっくりと歩いてくる姿があった。今日は護衛役として、遠巻きに私たちを見守っていてくれたのだ。かなり離れての護衛なので普通なら会話など聞こえるはずもないのだけど、竜の能力を覚醒させてしまった彼が耳をすませば、百メートル先のおしゃべりですら聞き取れるのだ。きっとカミルも、私と王子殿下の甘々なやりとりを聞いていたであろうことを思うと、また顔から火が出そうなのだけれど。


「ん? あの王子の印象? 俺、あいつは嫌いだ」


 ぶっきらぼうに切り捨てるカミル。私が好きだってかねてから公言している彼だ、お見合い相手に敵愾心を燃やすのはわかんなくもないのだけど、せめて同じ男として、人物をどう思うかくらいは言って欲しいかな。


「別にロッテお姉さんが取られそうだからって嫌ってるわけじゃないよ。あいつ、優しそうな言葉を吐きながらも、なんか全身から暗い雰囲気を放射してるって言うか……お姉さんがあいつとくっついても、執着されるだけで幸せになれない気がするんだよ」


 私のじとっとした視線に気づいたのか、カミルがようやく言ってくれた真面目なコメントに、はっとする。


 そう、私も優しい言葉の洪水に押し流されつつ、なんだか言い知れぬ不安を抱いていたのだ。彼の甘やかな表情の裏に、時折なんだか影のようなものが射すのを感じることがあったのよね。多分普通の人には感じ取れない程度の変化だろうけど、言葉が苦手な魔獣とのやり取りに慣れた私は、ちょっとした仕草や筋肉の動きから、感情を読み取ることが得意になっていて……それで、気づいてしまったのだ。


「ロッテ様も、何か思い当たるようですわね。実は私も、同じ懸念を持っております」


 私の表情が変わるのを見て、クララも納得したような仕草で、あまり好意的でない感想を漏らす。


「殿下がロッテ様を強く欲しているのは本当かと。しかし彼には何か……悪意ではないのですが怨念、いや執念のような、なにか負のエネルギーを感じさせる灰色のオーラが、ほんの少しですけどまとわりついているように見えるのです」


 ああ、そうだ。クララはオーラの見える子なのだった。普通の人間が持つオーラは青色なのだと言うけれど……灰色のオーラって、どういうエネルギーなのだろう。


「それが何かまではわかりませんが……恐らく何か、悪意ある外部の者からの影響を受けているのでは。いずれにせよ、ロッテ様を幸せにする性質のものではないと……ですから心配しています」


 う〜ん、そっかあ。みんなのネガティブな意見、聞けて良かった。


 だって、流されやすい私は、ついつい王子様のお砂糖攻勢に飲まれそうだったのよね。だって……こんなにお嬢様扱いで甘やかされたのは、生まれて初めてだったのだもの。舞い上がるとまではいかないけど、不覚にもぽうっとしてしまったのは、事実なのよ。


 うん、流されちゃいけないな、王子様の方はまず回答保留だ。もう一人、皇弟様とのお見合いが、待っているのだから。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「え? 聖女の格好で来いってこと?」


「そういうお申し出が、さきほど使者の方から」


 皇弟テオドール殿下のおかしな要望に、私は首をかしげる。お見合いだっていうのにドレスじゃなく神官服プリーズって、いったいどういうことなんだろう。


「それも、妖魔討伐に出られる時のいで立ちでおいでいただきたいとのことです」


「う~ん、それって、グルヴェイグを背負って来いということなのよね……」


 何だかよくわからない皇弟様だなあ。まあ、アルテラはよく言えば武断の国、悪く言えば脳筋の国だ。そこの皇家ともなれば、妻にも戦闘能力を求めるのかもしれないけれど。


 最近の私は、妖魔に対する時には聖女の杖ではなくグルヴェイグで戦っている。聖女の業を発現する時も、グルヴェイグを術具にした方がラクだってことに気付いちゃったから。


「それにしたって、お見合いに長剣背負っていくのもなあ……」


(ふむ、なかなか面白い相手ではないか。ぜひ妾を連れていくがよい、しっかりと見極めて進ぜよう)


 グルヴェイグは乗り気だ。まあ、人生経験……って言うのかどうかわからないけど、経験豊富な彼女が付き合ってくれるのは、ありがたいかも。先方は、グルヴェイグに意志があるなんて、想像もしていないだろうし。


 そんなわけで、私はいつもの神官服。妖魔と戦う時の格好がいいっておっしゃるんだから、カタリーナ母様が誂えてくれた贅沢聖女服を着ていくわけにはいかない。せめて擦り切れたりしていない新しめのものを選んで、着ていくとしよう。


 さあ、出かけるぞ。とにかく無難に、無事に終わろう。

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