第308話 やたら甘々王子様
いよいよ、お見合い当日がきた。
やっぱりと言うかなんと言うか、お会いする順番は、バイエルンの王子様の方が先になる。まあそうだよね、もしも私がアルテラにかっさらわれちゃったりしたら、国防上の問題が、大きすぎるもの。かっさらわれる気なんて、さらさらないんだけどね。
だけど今になって心配になってきた。万一、私がアルテラ皇弟様のほうを気に入っちゃったら、陛下はどうするつもりだったんだろう。後出しでそれは許しませんとかになったら、却ってもめる気がするわ。
「そうなっちゃったら遠慮なく、皇弟様と結婚してしまえばいいのよ。ロッテちゃんが旦那様の言いなりになっちゃうとは思えないからね。それに、アルテラと縁を繋いでおけば、いざバイエルンで政変があっても、ハインリヒの一家が、逃げる先ができるのよね、心強いわ」
とは、カタリーナ母様の弁だ。なるほど、貴族社会に暗闘は付き物、不幸にも敗れた時に子孫を避難させる先を作っておくことは、とっても大事よね。言外に、宰相の地位や領地に縛られている父様母様、そして王家に嫁いだマーレ姉様は、逃げられないっておっしゃっているわけなのだけど。
「国より、王家より、貴女自身の幸せを考えなさい。そのくらいのわがままが許されるくらいの貢献を、もうロッテちゃんはしているのだから」
そんなこと言われてうるっとしてしまったのは、昨日のこと。
そして今日は、半年ぶりくらいのコルセットにぐいぐいお腹を締め付けられながらの、苦行が待っている。まあ、アルベルト殿下は当て馬として仕方なくお見合いを引き受けられたわけで、私自身にご興味はないわよね。美味しいお茶とお菓子をいただいて、無難なテーマでお話をすればよいのだ。苦しいお腹もそれまでの我慢だ、耐えよう。
とか思っていた私は、ちょっと読み違いをしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「会いたかった、シャルロッテ嬢」
柔らかくカールした栗色の髪、澄んだ青い瞳。やわらかな雰囲気を漂わせる兄王太子殿下と違って、切れ長の眼、キリっとシャープな鼻梁とあごの線。
恐らく陛下のお子様三兄弟のなかでは最もハンサムであろうアルベルト殿下が、流麗な所作で私の手をとってそっと唇を落とす真似をする。格好良すぎて、単なる社交辞令だとしても、勝手に胸の鼓動が上がってしまうのは、仕方ないわよね。
「光栄ですわ、アルベルト殿下」
私も目一杯気合を入れて、姿勢だけは最高に美しいと評された自慢のカーテシーを、久しぶりにご披露する。うん、いつもは神官服だから、スカートつまんだりできないからね。
「うん? ずいぶん他人行儀なんだね。私たちは生涯の伴侶候補として今、ここにいるんだよ。どうか、アルベルトと呼び捨てにして」
いや、それはないから。いろんなセレモニーでお顔は見ていたけど、ほとんど初めて話す、しかも王子様に、呼び捨てかますなんてあり得ない。
「いや、あの……それは、あまりにも。では……アルベルト……様では?」
「ふふっ、許してあげよう。想像していた通り、恥ずかしがる風情が可愛い聖女だね、シャルロッテは」
何を想像してたのよ! 当て馬でヤル気のないはずの殿下に、いきなり甘々な雰囲気を醸し出されて、私は少し、いやかなり混乱中だ。
「でん……アルベルト様は、私をアルテラとの縁談から守るために陛下から頼まれて、こうしておられるのではありませんの?」
ううっ、やっぱり王子様に敬称抜きはきつい。だけどこんな状況でも単刀直入に聞いちゃうのが、私の性格だ。
「ああ、父王にそういう思惑があるのは、間違いないね。だけど私は、純粋に君の伴侶になりたいと思っているよ。アルテラの申し入れに悩んでいる陛下を利用させてもらって、先に私との縁談を進めてしまえとそそのかしたのは、何を隠そう私自身だから」
「えっ? 本当に、私と?」
これは、思ってもみなかった。私のような変わり者令嬢を妻に望む王族の方がいるなんて。予想外の攻撃に私の防御力はあっさり削り取られ、耳まで赤く染めてうつむくだけになってしまう。
「反応が初心で可愛いな……そうさ、私は心から、君との人生を歩きたいと思っているよ」
「……」
もはや私は話すべき言葉も失って、ただ殿下が次々繰り出す甘い攻撃に翻弄され、どんどんダメージを受けていくのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「はぁ~っ……」
「お疲れさまでした、ロッテ様」
今日のお供には、本人の強い希望でクララを連れてきていた。まあビアンカだと、恋愛経験は私よりもっと少ないわけだし、お相手のあれこれをじっくりと値踏みするのは難しいだろうから、ここは既婚者たるクララの眼力に期待していたわけなのだ。先ほどようやく甘々王子様から解放されてへとへとの私に、優しい眼を向けてくれている……さあクララの見立ては、どうなんだろう。
「疲れたわ……あんなにぐいぐい来られるなんて、想像してなかったから」
「そうですね、私も意外でした。当て馬ではなかったのですね」
「それで……クララはアルベルト殿下のこと、どう思う?」
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