第307話 お見合い旅行
縁組を断っていいとは言われたけれど、お見合いはやんないといけない私。
あくまでも私の方が身分が低いわけだから、とってもダルいけどこっちから王都に出向かないといけないわけよね。
「お仕事だって、さぼっていいわけじゃないんだけどなあ……」
ぶつくさ言いながらも仕方なく、馬車に揺られる私。お供はビアンカとルル……カミルは護衛騎兵の一人として一緒に来てくれている。
「なんでお姉さんの見合いなんかに、僕が付いていかないといけないんだよ……」
「あら、カミルがしっかり見張っていないと、お姉さんがふらふらっと皇弟妃になってしまうかも知れなくてよ?」
私のお見合いが決まってすっかりむくれていたカミルだけど、ビアンカの煽りにあっさり陥落し、同行してくれることになった。すっかり背丈だけじゃなく筋肉もついてたくましくなったカミルの乗馬姿は、お世辞抜きにかっこいい。
「相手がヴィクトル兄さんならともかく、モヤシみたいな王子とだなんて……」
だけど口から出る言葉はまだまだ子供ね。
そして、なぜだかクララがファニーを抱いて、一緒に馬車に乗っている。赤ちゃんはもう生後四ケ月近いから旅もできる、それでわざわざついてきてくれたのだ。
「ファニーもいるのでご迷惑をお掛けすると思うのですが、どうしてもロッテ様のお世話がしたいのです」
そんなこと言われたら断れない。それに、今回の旅には専門の侍女さんは連れて行かないので、そのへんの面倒ごとはビアンカ担当になる。秘書としてのお仕事もあるのでちょっと回り切らなくて困っていたところで、なんだかんだ気の回るクララが育児の合間とはいえ手伝ってくれるのは、とても助かる。過保護なアルノルトさんも「聖女と一緒なら留守番より安心ですな」とか言うので、甘えてしまった。
そしてファニーが、なぜだかとっても手のかからない子なのだ。夜は泣かないし、昼間もおむつとおっぱいくらいしか自己主張せず、あとは大きな眼をくりくりさせているか、すやすや寝ているか。赤ちゃんがいると一家で寝不足になるとかよく言うけど、こんな大人しい子なら、何人いてもいいなあ。今はクララのちっちゃなおっぱいに吸い付いて、満足そうだ。うん、ちっちゃくてもちゃんと、お乳は出るんだね。
「ん? なにやら、邪悪な視線を感じるのですが?」
うん、それは私だ。ごめんねクララ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
クララとファニーが加わってくれたおかげで、王都への道程は、家族旅行みたいに楽しいものになった。冬のバイエルンは寒いし殺風景だし、あまり旅するのに向かないのだけど、みんなと一緒だったからなんだかわくわくして、むしろ旅程が短く感じたくらいだった。
これでヴィクトルがいてくれたらなあ……とか詮無いことを考えてしまって、ちょっとセンチになってしまったりもするけど、それもほんの一瞬のことだ。もう下は向かないって決めたんだから、明るくいこう。お見合いそのものには、どうやったって前向きになれないけれどね。
そんなこんなで、ようやっと真冬の王都に着いた私たち。
まずはハイデルベルグ家でだらっとしたいところだけれど、たまに王都に出てきた地方貴族当主としては、まず国王陛下へのご挨拶をするのが義務なのだ。移動で疲れた身体を、無理やり王宮に運ぶ。さほど待たされることもなく、謁見室に通される……もしかして私、気を遣われているのかな。
「おお聖女よ、ひさしぶりじゃの」
陛下は相変わらず、私が相手だと「のじゃ」言葉になる。気を許して頂けているようで嬉しいのだけど……今回ばかりは、物申したいことがある。
「陛下、ひどいです! 私が当分お婿さんを必要としていないことは、おわかりですのに!」
「む、うん、うむ……こたびは、済まなんだ。何しろ相手がアルテラ皇家とあっては無下にするわけにもいかず……」
「その上、王子様とまでお見合いさせられるなんて、本当に困っているのです」
「いや……まあ、あれは当て馬じゃからの。遠慮なく、断っていいのじゃぞ」
私が突っ込むと、いつもは余裕綽々って顔をしているはずの陛下が、なにやら赤くなったり青くなったりしている。陛下もアルテラの唐突な申し入れに困っていらっしゃるのは、本当なのだろうな。
「ロッテ、そのくらいにしなさい。もはやこれは、外交問題になってしまっているのだ。我々も、お前がアルテラ皇家に取り込まれることなど望んではいない。アルベルト王子殿下のご協力も頂いて、なんとかこの縁談、回避しよう」
「ごめんなさいね、ロッテちゃん。ロッテちゃんが不幸になるような選択はしなくていいから、一度だけでも会って、ルドルフの顔を立ててあげてもらえないかな?」
クリストフ父様と王妃様にとりなされ、ようやく矛を収めた私。特に王妃様に頼まれちゃうと、私は弱いのだ……しぶしぶうなずきながらも、とっても憂鬱だ。せめて、さくっと終わらせたい。
「それでまずは、王子様が先ですの? 一週間で片付けて、帰りたいですっ!」
随分不敬な小娘になってしまってるけど、このくらい言っていいよね?
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