第293話 辺境伯ですって?
論功行賞や、戦災復興のお話は、数日間ぶっつづけで朝から晩までの会議で、ようやっと片付いた……と思う。だけどこれを実務部隊に渡すために、クリストフ父様やハインリヒ兄様が夜遅くまで働くことになるのだろう。まあ、任せておいていいよね。
だけど、肝心な議論が、まだだったのだ。今回の戦勝で獲得した新領土、アルテラ西部の森林地帯とマリアツェルの街について、どうやって統治していくかの議題は、最後の最後である今日に回された。あらかじめ官僚さんたちがいくつもの案を造って、それをクリストフ父様がふるい分けていて……その二~三の有力案のうちから、陛下が決定されることになる。だからこれについては、会議は協議する場でなく、陛下が関係者に決定を伝える場であるのだ。
ま、この会議さえ終われば、シュトローブルに帰れる。いやさすがに、二~三日は王都でゆっくりしたいかな。みんな私が暇だと妙なことを考えるんじゃないかって、忙しくしてくれていたみたいだけど、こないだヴィクトルの銅像を抱いて思いっきり泣いたから、もう大丈夫だよ。悲しいのは変わらないけど、私は前を向いて生きていくって決めたんだ。
そんなわけでもう議事には興味もなく、会議後に立ち寄るお菓子屋さんのことを考えているうちに不覚にもうとうとと意識を失っていた私は、とぎれとぎれに頭に入ってくる陛下の言葉に、仰天した。
「……マリアツェルを含む新領地は、シュトローブル辺境伯領の一部とする」
「何ですか? シュトローブル辺境伯領って??」
行儀悪く頬杖などついてうつらうつらしていた私が、がばりと身を起こして素っ頓狂な声を上げる姿に、陛下も父様もあきれ顔だ。
「聖女、そなたは儂の話を、聞いておらなんだな?」
はい、スミマセン。私は首を縮め、頭を垂れて反省ポーズをした。
「うむ、仕方ないのう……もう一度言うぞ、居眠り聖女よ。シュトローブルの王室直轄をやめてハルシュタット子爵領と併せ、シュトローブル辺境伯領とする。そして新領土も、シュトローブル辺境伯領に併せる。よいか、理解したかの?」
ええっ? シュトローブル直轄領、なくなっちゃうの? 直轄領総督としてあの街を良くしようといろいろやらかしたこの一年ほどは、結構楽しかったんだけどな。でも、まあいっか……これで本来この国に来た目的、森の中での気楽なスローライフに、戻れそう。
「は、はい……承知いたしました」
私の申し訳なさげな返答に、陛下がまた深くため息をつく。え? まだ何か私、間違ってるかしら? おろおろする私を見かねて、クリストフ父様が助け船を出してくれる。
「ロッテ。お前はまだ陛下の御諚をわかっておらぬようだな。陛下のおっしゃる『シュトローブル辺境伯』というのは、ロッテのことだよ」
「はあぁっ?」
ものすごく失礼なレスポンスをしてしまった私に、この国を率いる男性陣が、とっても残念なものを見る眼を向けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「いや、あの、その……急に辺境伯とか言われても、わけわからないと言うか……」
私は絶賛大混乱中。だって、辺境伯って侯爵と同格の爵位だよ? 上には公爵しかいないんだよ? そしてその領土はバイエルンの一部というより半独立国的な性格を持ち、軍事経済などに独自の政策を取ることが認められているはず。なんでそんな高級貴族に、こんな怪しい流れ者の小娘を、就ける気になるかなあ?
「そうかの? のう聖女、辺境伯の役割と言えば何だと思うかの?」
「未開地から来る妖魔を防ぐこと、常に敵国に備え国の盾となること、でしょうか?」
「そうじゃの。では考えてみるがよい。辺境の広大な森林で魔獣と親交を結び妖魔から住民を守ることに関し、聖女以上に優れた者がおるかの?」
うぐっ、そこは確かに。陛下の攻撃にたじたじになってしまう。
「そして、大陸最強と言われたアルテラの侵攻を奇跡的に退けた二度の戦は、誰が指揮しておったかのう?」
「うぐぐっ……恐れながら陛下、今回の戦勝は伯爵様率いる国軍が……」
「報告はすべて聞いておる。もちろんローゼンハイムの働きは見事であった。しかし戦の帰趨を決定づけたのは火竜が操る炎のブレス、サーベルタイガーの奇跡、賢者ディートハルトの魔法、そして鋼をも断ち割る魔剣……これは全て、聖女に属するものであるとな」
むむむ……畳みかけてくる陛下に、反論できない私。私の力とは言えないと思うけど……少なくとも私のまわりにいる人たちが、今回の戦で目立ち過ぎたことは間違いない。だからって、何で私が辺境伯なんてやんなきゃいけないのよ!
「ロッテ、よく考えて決めなさい。お前には、夢があると聞いている。人間と獣人が境目なく交わり、和して暮らす社会。そして魔獣とお互いを尊重し、共存する社会だと。辺境伯ともなれば軍事、経済に関する裁量権がはるかに増すのはもちろん、領内の統治についても中央の規制に囚われない自由なものが認められるのだよ。ロッテの理想を実現するために、これ以上よい地位と領地はないと思うが、どうだろうか?」
「うっ……」
さすが腹黒のクリストフ父様、私の弱いところを、的確に突いてくる。
そうなんだ、獣人差別の比較的ゆるいバイエルンでも、ビアンカは社交の場から排除されてしまうし、カミルだって獣人だってことを隠して生きている。たくさん連れてきてしまった獣人さんたちも、結局「獣人村」に集まって住んでいるし、市民と分け隔てなく付き合えているわけじゃない。
私の理想をシュトローブルだけでも実現しようと思ったら、少なくとも国全体のルールに縛られない立法権限が必要だ……辺境伯なら、それはできる。
「考えさせて……頂けますか」
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