第294話 ヴィクトルの声

「ねえロッテ、やるべきよ! 女の子の辺境伯なんてバイエルン初……いえ、大陸初だわ! ロッテならできるわ、やりましょ、ね、ね?」


 ハイデルベルグ家の遅め晩餐の席で、やたらと盛り上がって煽ってくれているのは、カタリーナ母様だ。


「ロッテには、政治の才能があると思う。辺境伯ともなれば半独立国の主だ。やりたいことが存分にできるはずだ、何でも力を貸すよ」

「いくつか新領土の統治案があったのだが、官僚たちの中ではロッテを辺境伯とする案の人気がダントツでね。役人たちに広く支持されているというのは武器になる、十分やれると思うがね」


 ハインリヒ兄様とクリストフ父様も、なぜだか熱心に勧めてくる。う~ん、私が東の辺境を支配したって、ハイデルベルグ侯爵家にとっては何かメリットのある話じゃないと思うんだけど、なんでこんなにこだわるのかな?


 その辺をストレートに聞いてみると、腹黒の父様から珍しく直球の返しがきた。


「一言でいえば、王太子妃となったマーレのため、そして生まれてくるであろう子のためだ。先般第二王子派が企図した叛乱は事前に抑え首謀者は処罰したが、王太子殿下を積極的に支持する有力貴族は、それほど多くないのだ。他に有力な候補が出てくればそちらへなびく、その程度の支持なのだよ」


「そうなんだ……」


 第二王子派の不正を一斉に摘発したからもう反抗分子は大丈夫と思っていたけれど、そんな甘いものではないと、父様はおっしゃっているのね。


「だが、ロッテが東の辺境をすべて握り、強大な経済力と軍事力を備えたらどうだろう。そして、強大な力を得たロッテがマーレを裏切るとは、他の貴族も決して思わない」


「うん、絶対にマーレ姉様を守る」


「ハイデルベルグ家と、新たなシュトローブル家が王太子と一蓮托生となって守ると知れば、不平貴族も反抗しようという気がなくなろうというものだ。聖女のロッテから見たら俗っぽさの極みかも知れないけれど、これが私たちの一番の目的だよ」


 うん、本当に俗っぽいよね。俗っぽいけど、家族を守ることが一番の目的ってとこは、私と同じだ。


「うん、とっても、よくわかる……」


 大貴族として君臨することが私の希望に反していることなど、とうに良く知っているハイデルベルグ家のみんなはそれ以上追い込んでこなかった。だけど、真剣に考えないと……ああこんな時、クララが隣にいて、話を聞いてくれたらなあ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「クララお姉さん? お姉さんが言うことなんか決まってます。『ロッテ様のいらっしゃるところ、どこであろうとついて参ります』ってね。間違いありませんよ! ふふふっ!」


 私が漏らした弱音を、ビアンカが鈴を転がすような声で笑い飛ばす。


「そして、私も同じです。どこでも、いつまでも、ロッテお姉さんと一緒ですよ?」

「僕もさ。お姉さんが辺境伯になろうが魔王になろうが世捨て人になろうが、ずっと守る」

(ママがおばあちゃんになるまで離れないからねっ!)


 カミルとルルまで加わって、泣かせることを言ってくれる。まあ実際、泣いてしまったわけなのだけど。


「私に、務まるかなあ?」


 どこまでも私は弱気だ。だって、私個人にはローゼンハイム伯爵様のような武勇もなければ、アルノルトさんのような行政処理能力もない。まわりの優秀なみんなに、頼っているだけの小娘だ。本当に私が、マーレ姉様を支える後ろ盾なんかに、なれるんだろうか?

 

「私たちは、お姉さんを信じています。ただそれだけです」


 ビアンカの純粋な言葉に、また私は涙をあふれさせた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌朝、私は一人、中央教会の大聖堂に佇んでいた。


 朝一で馬車を飛ばし、当直の司祭さんに無理を言って入れてもらったのだ。そこには、展示専門の建屋に移転する直前のブロンズ像……私と、それを守るヴィクトルの姿があった。


 私はヴィクトルの頭にこつんと自分の頭を当てて、彼に語りかける。


「ねえ、ヴィクトル。私、どうすればいい? みんなが私の背中を押してくれるんだ。期待に応えられたら嬉しいけど……全然自信がないの。だって私、みんなに助けてもらうばっかり。多くの人を守るなんて、できそうもないよ」


 話しかけているうちに、またじわっときてしまう。ダメだ、大事な時でも結局私は、泣いてしまうんだから。こんな私じゃ、やっぱりそんな大きい仕事、できないよ。


(ロッテは、その役目を、果たしたいと思っているんだろ?)


「えっ? ヴィクトル?」


 間違いない。この念話は、ヴィクトルの波長。


(俺は、何でも前向きなロッテが好きだ。ロッテがやりたいと望んだことをすれば、なぜだか多くの人が幸せになる。多少泣いたっていいんだ、他人や魔獣の力を借りたっていいじゃないか、そうやってまわりを惹きつけるのは、ロッテの力なんだよ)


「ヴィクトル? どこから話しているの? ねえヴィクトル!」


(うん、たぶんこれが最後になりそうだ。愛してるよ、ロッテ。だけどこれからは俺じゃない誰かと、幸せになるんだ……そいつはたぶん君の近くに、いると思うけどね……)


「ヴィクトル、いやぁ、ヴィクトル!」


 私は、のどが破れんばかりに声を張り上げたけれど、その不思議な念話はもう二度と、聞こえることはなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「このたびのお話、ありがたくお受けいたします」


「おお聖女、良く決心してくれたの。資金や人材に関しては何でも……クリストフに相談するのじゃぞ」


 その日の形式的な会議の後、私は陛下に、辺境伯への陞爵をお受けすることをお伝えした。最後の丸投げっぽい発言がかっこ悪いけど、陛下はものすごく喜んでくれた。


 未だに自信は、まったくない。きっとこんな実力に似合わない大きな仕事を引き受けた私は、今までよりもっともっと、大好きなみんなに負担をかけてしまうのだろう。


 だけどもう、やるって決めたんだ。いつまでも、ヴィクトルが好きだって言ってくれた私でいるために、ね。


◆作者より◆

 更新頻度を四日ごとに見直させていただきます。よろしくお願いします。

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