第289話 イベント大盛り?

「まあ、似合ってるわ! ロッテが今回目指すキャラは『英雄』だから、エレガントさよりアクティヴさを強調してみたけれど、これもなかなかいけるわね!」


 カタリーナ母様がまたまた私の着せ替えにいたく盛り上がっている。まずは凱旋パレードをしないといけないという、ありがたくない陛下のご命令にげんなりする私に、いつものごとく目が回りそうなお値段のドレスをあつらえてくれた母様なのだ。


 すっかり私のイメージカラーになってしまった紫色を基調としながらも、今回のデザインは胸の下や肩、腰の両側、そしてスカートなんかの裾に白い切り返しを大胆に入れた、まともな舞踏会なんかではとても着られないずいぶん「攻めた」デザインだ。ドレスの形をしつつも、何か騎士様の礼装を思わせる、いかにも「英雄」が着るような感じ。それでいて切り返しの境目には金糸と魔銀糸で複雑な紋様が刺されていて……とても綺麗なのだ。私が着るよりも、本物の騎士だったマーレ姉様に似合いそうだ。


 そんな気合の入ったいで立ちで、八頭立ての馬車にローゼンハイム伯と並んで乗り、往来にはみ出さんばかりに押しかけた市民たちに、ひたすら手をあげて応えるのだ。


 私個人にとっては苦痛でしかないのだけれど、馬車の前後で四列になって誇らしげに行進する凱旋兵のためには、必要な儀式なのだろう。彼らは家族も恋人もいたであろうに、国や家族、そして友人たちを守るために死を覚悟して強国アルテラと戦ったのだ、群衆の歓声は彼らの勇戦をねぎらう、一番のごちそうなのであろうから。


 そして長い長いパレードが終わると、街の中央広場で、私やローゼンハイム伯、賢者ディートハルト様やクラウス様といった主要人物に、市民の代表から花束が手渡される、まあ、こういう時はもちろん代表といったって、可愛い女の子限定になるわよね。私に真っ赤なグラジオラスの花束を、嬉しそうに差し出してきたのは、その花より赤いのではというくらい見事な赤毛の女の子……あっ、この子、見覚えある。


「もしかして、ジルケちゃん?」


 そうだ、叙爵のアフターパレードで将棋倒しに巻き込まれて重症を負って……後先考えず私が全力で治してしまった、あの女の子だ。


「はいっ! 覚えていてくださって、嬉しいですっ!」


「私のために働いてくれるって言ったんだよね、ちゃんとお勉強、できてる?」


「ええ、飛び級して再来年には、聖女様にお仕えできるようにします! 私たちの暮らしを守ってくれて、ありがとうございます!」


 うわぁ、嬉しい。失うものばかり多くていいことのなかったこの戦だけど、こうやって純粋に感謝されると、やっぱりじわっと来るわ。そうだよね、私やヴィクトルは、この子たちの未来を守ったんだ。戦いに意味は、あったんだよ。


(そうじゃ。主の死は、そなたを守るためのもの。そしてそなたは、この罪なき者たちを守ったのじゃ。戦は何も生み出さぬが、そなたたちのお陰で、失うものは最小限で済んだのじゃよ)


 傍らに置いた魔剣グルヴェイグが、珍しく話しかけてくる。さすがにドレス姿では腰に佩くわけにも背負うわけにもいかず、仕方なく持ってきたのだ。


 私は花束をビアンカに渡すと、グルヴェイグを手に取り、すらりと抜き放ち、自然に魔力を流す。そうだ、この戦の裏の立役者は彼女でもあるのだ。彼女にも賞賛される機会があっても、いいんじゃないかと思ったのよね。


 私の力を吸い取ったグルヴェイグがその刀身を紫色に輝かせ、ゆっくりと剣尖を回せばオーラが糸を引く。群衆はその美しくも妖しい魔剣に魅せられ、その姿を深く記憶に刻んだだろう。しばらくの静寂の後、地響きのような歓声が上がった。


(うむ、いや、まあ……こういうのも、いいものだの)


 照れるグルヴェイグが、なかなか可愛く感じた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌日は「英雄」から、「聖女」に看板を掛け変えて王都中央協会へ向かう。


「なんだか、聖女を讃える信者たちの寄進がすごくて、教会では記念にロッテお姉さんのブロンズ像を造ったんだそうです。今日はその除幕式なんですって」


 う~ん、なんだかどんどん私の望まない方向に悪目立ちしているような気がするわ。そんな銅像造るおカネがあるんだったら、孤児院とか救貧所にでも使って欲しい。


「ちっちっ、お姉さんは甘いよね。そうやって神々しいロッテお姉さんの像を造れば、それを観に来たカネ持ち信者が今まで以上に寄進をはずむ、結局それは教会の運営する孤児院なんかに回る仕組みになってるのさ」


 カミルが生意気なことを言うけど、なるほどね。私個人は目立ちたくないけれど、目立つことで世の中のためになる場合もあるって、教えてくれてるのよね。それにしてもカミルは、ずいぶんと老成したことを言うようになった。身体だけでなく、精神も急速に大人になった感じなの。


 教会では、ベネディクト枢機卿猊下が、穏やかな笑顔で迎えてくれた。


「聖シャルロッテ、お疲れでしょうに、申し訳ありませんね。聖女がこういうことを嫌いなことは理解しているのですが……やはり民衆というものは、分かりやすい偶像を求めるものでしてね」


 この国の教会トップにこんなに慇懃な態度をされたら、怒ることもすねることもできない。寄進を集めて、貧しい信者さんたちを救うためだ、ここは我慢しよう。


「今回の銅像作家マティアスは無名ですが、百年に一人の名工と私は信じていましてね。きっと聖女も、その出来栄えには驚かれると思いますよ」


 そう言って導かれた聖堂には、白い布に覆われた大きな像が。等身大と聞いていたのに、やたらと横に大きいのだ。なにか妖魔と戦っているような像なのかな。やがて、枢機卿猊下が信者の代表者さんたちに向かい、ややドヤ顔で口を開く。


「聖職者でありながら、自ら剣を振るってバイエルンの国民を守った、サンクト・シャルロッテの像を皆さんにお見せする時が来ました。どうぞ、ご覧ください」


 シスターさんが四人がかりで白布をさあっと引いて、やたらと大きなブロンズ像の全容がさらされた。


 何気なくその像を見た私は、一瞬で眼を奪われてしまったのだ。

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