第288話 なんだか忙しい私

 そんなわけで、和平協定は無事に結ばれた。


 終戦したらやっと気が抜けると思っていたのに、それから一ケ月というもの、なぜだかものすごい忙しさだった。


 まずは新領土を確定させ、その人口や生産力、資源などを国王陛下に報告しないといけない。官僚さんを呼び寄せて任せちゃおうと思っていたのに、わざわざ陛下から「聖女自ら現地を視察して状況を報告すべし」などという余分なご指示が届いてしまったのだ。


 そんなことを言われたら、さぼれなくなってしまうのが私の性分だ。仕方なく、ビアンカとルル、そしてシュトローブルから駆けつけてきてくれた犬獣人の文官ローザを連れて、昼間はマリアツェルの町や周囲の村々をひたすら回り、夜は夜とてああだこうだと調査報告や開発提案のレポートをまとめる生活。ひどいことに休日すら取れないのよ。


 だけどこれは多分、暇になると余計なことを考えてしまう私に対する、陛下の優しさなのだと思う。ひょっとしたら、クリストフ父様が入れ知恵したのかもしれないけれど。


 ヴィクトルを失った悲しみが消えるわけではないけど、確かにこうやって忙しく立ち回っていると、落ち込んでいる暇もないって言うか。夜、ベッドで一人になるとついほろっと涙などこぼしそうになるのだけれど、そんな時に限って、枕を抱えてビアンカがやってくるの。そして暖かな彼女の身体を感じているうちに、昼間の疲れもあって、すぐ眠れてしまうの。


 そして陛下からの宿題もあらかた片付いて、新領地の統治もようやく落ち着いたと思ったら、今度は王都から呼び出しがかかってしまったのだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「む~ん、これは絶対、過重労働ですっ!」


 王都に向かう馬車の中、一緒に召喚されたローゼンハイム伯爵様に向かって、口をとがらせる私。だって、一ケ月間新領土で働きづめのあげく、ほとんど準備期間もなく呼び出されたのだ。お陰でシュトローブルやルーカス村で泊まることもできず、ひたすら移動する羽目に。本格的にお腹が大きくなったであろうクララの様子を、ちょっとだけでも見に行きたかったのに、ひどいよね。


「そうだな。残念ながら王都についてもゆっくりはできないだろう。まずは戦勝報告を求められるであろうし、聖女が意志決定に参加すべき会議も多いだろう。アルテラ新皇帝との付き合い方、新領地の統治方針、そして今回の戦に関する論功行賞……」


「はぁ~っ、そういうのは伯爵様にお任せしたいです……」


「足抜けしようとしても、無理だろうな。何しろ聖女殿はいろいろなところで政治的な判断の冴えを見せてしまっている。あれで陛下は、聖女殿のことを随分信頼しているのだから」


 勝手に信頼って言われても、困るなあ。私は理想も信念もなく、ただ自分に降りかかる火の粉を払っているだけのつもりだったのだけれど……どんどん大事に巻き込まれちゃうのは、体質なのだろうか。


「そして軍事強国のアルテラに対してこれだけ文句のつけようもない大勝利だ。王都の目抜き通りで、大々的に戦勝パレードをやることになるだろう、聖女はいやがるだろうが、これは逃げられないぞ」


 うげっ、パレードですって? また、あの羞恥プレイが始まるのだろうか。ため息をつく私に、家族たちが苦笑を投げてくる。


「まあ、これがロッテお姉さんだよね。目立つのが嫌いだと言いながら、結局目立つことをやらかしちゃうんだから」


 そんな憎たらしいことを言うのは、今回の戦で本当の立役者だったはずの、カミルだ。


 あの火竜がいなかったら今回の戦勝はなかったことを誰もが知っているけれど、その火竜がカミルの変化した姿だってことは、首脳陣しか知らないのだ。公表すれば大騒ぎになるだろう、だって火竜に変化できる獣人なんか、大陸の長い歴史の中でも、聞いたことがないのだから。


 本当は彼がヒーロー扱いされるべきだと思うけれど、一般国民にはその活躍をストレートには伝えにくい。公然とご褒美をもらえることも、おそらくないだろう。あれだけ戦功を挙げたのに、彼は不満に思わないのかしら?


「僕の望みは、ロッテ姉さんを守ることだからね。バイエルンの何万何十万の国民が賞賛してくれるより、姉さんが一言褒めてくれる方が、何倍も嬉しいんだよ。それはヴィクトル兄さんも……同じだったはずさ」


 ものすごく格好いい台詞を呟いた後に、永遠に失われた家族の名を口にして、眼を伏せるカミル。


 そうだよね、ヴィクトルは、いつだって私を第一に考えてくれて、そして私は、それに甘えていた。ひたすら甘えたその行き着く先が、あの閃光……一生まぶたの奥に焼き付いて離れないであろう、あの日彼が私たちを守るために自分の身に代えて放った、あの光になってしまった。


 もっと他に、彼が取り得た道はなかったのだろうか。そして、私がもっと考えて、違う行動をとっていれば、あの悲劇は防げたのではないだろうか。


 私も視線を床に落とし、答えのない問いを、何度も自分に繰り返していた。

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