第284話 魔剣振るう聖女
街道までの数十メートルを、私たちは一気に詰めた。もはや足音を気にすることもない、とにかくスピード勝負なのだから。
ヴィオラさんに騎乗したローゼンハイム伯爵様が、先陣を切って飛び込む。虎の背から長剣の斬撃を正確に見張り兵の頸部に送り込んだかと思うと、素早く飛び降りては別の兵士に刺突を見舞う。素晴らしいスピードと練技だとは思うけど、伯爵様は今回戦争の総司令官なのだ。少しは自身を大事にして欲しい気もする。
ヴィオラさんに少し遅れてだけど、虎さんが次々と騎士様たち、次いで隠密部隊のメンバーを送り込む。アベルさんが真っ先に周囲の篝火を叩き切ってゆき、私たちのまわりには暗闇が訪れた。
「『暗視』追加いきます! この者たちに闇を視る眼を与えよ!」
レイモンド姉様の声が響いた次の瞬間、闇に溶けかかっていた敵の姿や兵器の形が、急にくっきりと見えてきた。さすがは姉様だ、同じ「暗視」を掛けるにも、森を行く時は感覚を狂わせない程度に控えめに、いざ暗闇で戦闘となったらぐっと強めでといった風に、細かい出力コントロールができるのよね。こんな繊細な技は、ロワールにいる他の聖女には、絶対できない。
周囲の灯りがすべて消されたこともあって、私たちは草でも刈り取るように敵を倒し、ぐいぐいと目標の魔導砲に迫っていった。隊列の前後から増援がどんどん押し寄せて来るのだけれど、隠密部隊の人たちが松明を持った敵をまず飛び道具で倒し、光を失って慌てる者たちを騎士様が長剣で薙ぎ払う理想的な連携を見せてくれるから、私の出る幕はない。
そして、ごり押しで前進した私の前には、うっすらと紅いオーラを放つ、大きな鋼製の攻城兵器が。うん、これが魔導砲で、間違いないよね。
(さあ、妾にそなたの魔力を注ぐのじゃ!)
深く息を吸い込んだ私は、グルヴェイグの柄を握った両手に、魔力を流すことを意識する。ものすごく自然に、私の魔力が彼女に流れ込んでいくのがわかる。うん、これって、国王陛下から頂いた聖女の杖より、魔力を込めやすいかも。あの杖は無垢の魔銀でできたおカネ持ち仕様だったはずだけれど、グルヴェイグっていったい、何の素材でできているのかなあ。
ああ、そんなことを考えている場合じゃなかった。私の魔力が注がれるにつれてグルヴェイグの刀身からオーラがけぶるように立ち昇り、やがて剣全体が、明るい紫色にびかびか輝き始めた。その光を眼にした敵も、本能的に「一番ヤバい」ものだって気づいたみたいで、紫の明かりに照らされる私に向けて、殺到してきた。
(気を散らすでないぞ、もう少しじゃからの!)
グルヴェイグに叱られるまでもない。そもそも私は剣を振るっての接近戦なんか、適性ゼロだもの。無駄なことはしないわ、私は彼女が魔導砲を壊せるように、エネルギーチャージ源としてここについてきただけなのだから。
(お姉さんには、誰も近づけさせませんっ!)
(ママは私が守るからね!)
その言葉通り、騎士様が討ち漏らした敵を虎型のビアンカが体当たりで吹っ飛ばし、反対側から迫る兵士は、ルルがひと睨みで石に変える。うん、頼りにしてるからね……私は一層、グルヴェイグに意識を集中した。
(もう十分じゃぞ、ロッテよ、魔導砲を斬るのじゃ!)
その声に合わせ、私は彼女を握る両手にぐっと力を入れると、ゆっくりと円弧を描いて剣尖を回し……そして振り下ろした。
音すらしなかった。紫色に輝くグルヴェイグは、女の子の腰くらいもあるぶっとい魔導砲の砲身を、根元から断ち切ったのだ。そして私は、返す刀でこのいまいましい攻城兵器の本体であるらしい複雑そうな機械に、全力で彼女をぶち当てる。めこっというような妙な感触とともに、その本体も両断された。
グルヴェイグが、その輝きを徐々に失っていく。さすがに鉄のかたまりを二回も斬ったのだ、彼女も疲れ……と言っていいのかわからないけど、疲れたのだろう。
ふと見ると、断ち割られた本体の中に、紅くてとっても大きな魔石が。ああ、これが魔道砲のエネルギー源に使われていた、火竜の魔石なんて残していったらまたロクでもないことに使われそうだから、頂いていっちゃおう。ドロボーって言わないよね、これは戦利品、戦利品なのよ。
う〜ん、触っても、大丈夫かな? 少しびびりつつ指先をふれると、なんだかとっても暖かい魔力が感じられる。カミルの同族だけあって、魔力の感じも彼とかなり似ているように思えるわ。とにかく火竜の魔力が私を傷つけることはなさそうだ、私はむんずと魔石をつかむと、ローブの内ポケットに突っ込んだ。
「伯爵様! 完了です!」
「よし、撤退だ。レベッカ殿、頼む!」
「わかりました、みなさん、目をつぶっていてくださいね……光よ!」
姉様のアルトが響くと、ものすごくまばゆい光球が、私たちの真上に向けて撃ち出された。さすがは姉様、私の「光球」とは明るさも大きさも、ケタが違うわ。それは十を数えるくらいの間上空に留まって、あたりを昼間のように照らした。
そしてそれが消えた時、訪れたのは真の闇。光球をまともに見てしまったアルテラ兵は、姉様から暗視の恩恵を受けた私たちがサーベルタイガーに乗ってスタコラ逃げ出す間、何も見えない闇の中で、ただ立ち尽くしているだけだった。
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