第283話 決死隊
陰樹の森で迎える夜は、星明りも届かない、真の闇だ。
そんな中で目を凝らせば、木立の向こうにちらちらと灯りらしきものがのぞく。街道を占拠する敵が、野営で焚く火だ。
バイエルン国軍の総司令官たるローゼンハイム伯爵様が「決死隊」と呼んだ、魔導砲破壊部隊はごく少人数の精鋭だ。私の他に、アベルさんアルマさんも含めた隠密部隊六名、騎士様から選抜された九名……なんと、伯爵様も部隊をクラウス様に託して、夜襲に加わるのだ。彼らはヴィオラさんを始め二十頭のサーベルタイガーに乗って移動するのだ。虎さんたちは夜目が利くから、昼間と同じ速度で森を移動できるし、索敵能力も高くて実に頼もしい存在なの。
もちろんルルは私の肩に。そしてビアンカは虎型に変化して、私を乗せてくれている。彼女の走りはとてもソフトで優しく、どんくさい私でも振り落とされる心配をしなくてもいい。
そして家族からもう一人の参加者は、レイモンド姉様なのだ。今回は接近戦オンリーになってしまうのが確実だから魔法系の姉様は危ないと思って止めたのだけれど、
「少人数での作戦であれば、支援魔法が有ると無いとで成功率が大きく変わるわ。支援魔法使いとして私以上の存在は、大陸に何人もいないはずよ?」
そう言われては、引き下がるしかない。確かに、ロワールで数十年ぶりに大聖女の名を冠せられた姉様のバフは私と違って種類も多彩で、効果も数倍だ。私自身がみんなに支援魔法をかけることを考えていたのだけど、多少不安だったのだ。姉様に同行してもらえるのは、正直なとこ、心強い。
そしてカミルやディートハルト様はお留守番だ。もちろん彼らも強力な戦力なのだけど、むしろ魔導砲を潰した後、敵の主力部隊を叩きつぶす方に、その力を使ってもらわないといけないからね。カミルはとっても不満そうだったけれど、ここは納得してもらわないといけない。
そんな経緯でメンバー決定した少数精鋭の私たちは、あたりが真っ暗になって両軍が兵を引くのを待って、秘かに出撃した。そしてほどなく、敵の長い隊列の中央あたりを、横方向から窺っている格好になっているのだ。こんなに順調だったのは、まったく足音をたてない虎さんたちのネコ科的な忍び足のおかげ、本当にすごいわ。
「竜の気配……感じ取れる?」
(うん、びんびん感じるよ。ママが見ているあたりより、五百歩くらいアルテラ側だね)
(そうね。私にもルルちゃんと同じように感じ取れるわ、少し移動しましょう)
敵のどこに魔導砲が配置されているかは、魔獣の感知力で火竜の魔石の位置を探ってもらうしかない。魔獣の王たる火竜の魔力だ、ルルとヴィオラさんにとって探知するのはそれほど難しくなかったみたいだ。
ルルたちが示す方向に移動しようとしたとき、森の中に松明の光と、歩兵らしい複数の足音が近づいてきた。そうよね、街道の両側の森は、あるていど警戒されているはず……ここで発見されるとまずいわ、何とかしないと。
私がそう思った時、すでにアルマさんたち隠密部隊の人たちが動いていた。まるで体重がないかのように音もなくするすると前進して、敵が来るであろうルートの両側に身を潜める。さすがだ、ここは彼女たちに任せよう。
やがて現れた敵は五名。気楽な見回りって感じで、あまり緊張している感じはない。そうよね、味方が近くに三万人もいたら、安全って思いたくなるよね。だけど、その緊張感のなさが、彼らの運命を決めた。
最後方を歩く二人の頸に矢が突き立ち、声を発することができないまま下草の上に倒れる。その音に振り向いた二人の背後からアルマさんとアベルさんが組みついて、何やら細い紐のようなもので、抵抗すら許さず絞め殺す。残る一人が異常を告げようとした刹那、突き出された細いレイピアが、彼の胸を串刺しにした。始まりから終わりまで、三つ数える間があったかどうか。さすがは軍精鋭の隠密は、暗殺技術も一流だ。
警邏兵を片付けたからには、出来るだけ早くターゲットに迫らないといけない。兵が巡回から戻ってこないことに気づかれないうちにね。私たちはまた虎さんの力を借りて、音もなく森の中を移動して……ルルが示した隊列の一点を、横から眺める位置についた。
(ママ、見える? ほら、あの焚火の間にある、大きな鉄の棒みたいなの)
「うん、見える。あれが、魔導砲なんだね?」
(間違いないと思うよ!)
闇夜の中、灯りと言えば敵が焚く篝火くらいしかないのだけれど、私たち一行はレイモンド姉様から聖女の力「暗視」を掛けてもらっちゃっているから、かなり良く見えるのだ。
「では皆さん、集まって下さいね……この心正しき者たちに、力を与えたまえ!」
うわっ。ものすごく久しぶりに姉様のバフを受けたけれど、やっぱり並みの聖女とは、格が違うわ。身体の奥底から力が溢れてきて、さっきまで不安でどきどきしていた胸もすっと楽に静まって……勇気が湧いてくる。騎士様たちが思わず感嘆の声を漏らしているのも、無理ないことね。
「よしっ。行くぞ! 聖女殿を真ん中にして、魔導砲に向けて突っ込め!」
ローゼンハイム伯が、抑えた声で号令した。
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