第282話 なんで私なのっ!
「無理っ! 無理無理っ! だって私、剣術なんて習ったことすらないから!」
予想してもいなかったグルヴェイグの無茶振りに、私は全力で抵抗する。いや、私がいきなり魔剣使いになるとか、あり得ないでしょ。棒術なら聖女の修行で叩きこまれたけど、あれは身を護るために敵を近づけないための業……敵に肉薄し殺すための剣とは基本的に異なる武術だったのよね。
(大丈夫じゃ、剣の使い方などは、妾に任せておけばよい。そなたは妾が力を振るえるよう、たっぷりと魔力を注いでくれればいいだけじゃ。心配せずとも、そなたの手を焼いたりもせん)
「ね、私じゃなく、他にまともな剣士様を探そうよ。新たな主が必要なんでしょう?」
(いや……実のところ妾も、少々疲れたのじゃ。珍しく波長のぴったり合う主にめぐり合うたかと思えば、これほど早く逝かれてしまうとのう。しばらくは主を探すこともないゆえ、そなたが妾を振るってくりゃれ。そなたとは気も合うし、何しろ主が愛した者じゃ……そして、おかしな量の魔力を持っておる。変な剣士のものになるよりは、そなたの方が何倍か心地よさそうじゃし、の?)
うっ、それを言われると、つらい。ヴィクトルがあんな自己犠牲に走ってしまった原因は、間違いなく私にあるのだから。だけどグルヴェイグはそれを責めるのではなく、代わりの役目を私に果たせと言ってるんだ。心情的には、かなえてあげたいけれど……。
「そんなこと言ったって、私の力じゃ、貴女を片手で持つとかできないし……」
そうつぶやきながら、私はグルヴェイグを鞘から抜き放って、驚いた。
「うわっ、軽いっ! なんで?」
比喩ではなく、本当に軽かったのだ。まるで、ロワールで大好きだったバゲットパンでも振り回しているみたいに、手首やひじにまったく負担を感じないの。以前に彼女の手入れをさせてもらったときには、もっとずっしりと重たかったはずなのだけど……。
(そうであろ。妾は使う主によって重さや重心を変えられるからのう。主は類まれな剛力であったゆえ威力を上げる意味で重くしてあったのじゃが、そなたの腕力で扱えるのはこんなところじゃろ)
「すごい、すごいわ! 見た目は昔と変わらないのに!」
私は、軽くなったグルヴェイグを試しに振ってみる。軽くはなったけど絶妙なバランスの重みで、とってもスムースに扱える。そして彼女の意識が私に染み込んできて、どう身体を動かせば、剣が理想の軌道を描くのか、ごく自然に理解できるのだ。そうか、これが「妾に任せておけ」ということか。
「すごいです! 剣尖の軌跡に合わせて、紫色の光が後を引いてます!」
(ママの魔力だね!)
ビアンカとルルが賞賛するけど、まったくその通りなのだ。ものすごく滑らかに私の魔力が剣に染み込んでいって、振るうたびにそれが少しずつ放出される感覚が、よくわかる。うわぁ、気持ちいい……魔剣を使うって、こういう感じなんだ。魔剣を得た者は剣に魅入られるって言うけど、こんな感じを味わっちゃったら、確かに手放せなくなるだろうな。だけど私は、もう一個注文をつける。
「ねえグルヴェイグ。五割り増しくらい、重くなれる?」
(ふむ、お安い御用じゃ。ちょっとそなたの腕力では無理ではないかと思うがの)
念話が頭に響いた次の瞬間、右手に感じる重みが一気に増した。剣を取り落としそうになって、慌てて左手を添える私。
(ほれ、言った通りじゃろ? 元に戻すかの?)
「ううん……これでいいの」
剣の柄を両手で握ったまま、私は剣尖が円弧を描くように大きく回し、一番高くなったところから、一気に振り下ろす。うん、両手持ちなら、この重さでもなんとかいけるわ。
(何故わざわざ重くして、融通の利かない両手持ちにせねばならぬのかの? そなたの魔力量なら、重さなどなくとも威力は十分なのじゃが?)
「あのね、グルヴェイグ。私にとって、貴女は特別な剣なのよ。ヴィクトルが遺してくれた、唯一の形見……存在の記憶なのだもの。むしろ、その重さっていうか、存在を意識していたいの」
(……なるほどの、主の存在をか。うむわかった、存分に確かめさせてやろう)
最初は不本意そうな彼女だったけど、私の心情は理解してもらえたみたい。
ふと気が付くと、軍の首脳陣が不思議なものを見るような視線を、私に向けていた。ああ、またやらかしちゃったか。私がグルヴェイグと念話で意思疎通できるなんて、家族たちしか知らないわけだし……魔剣にぶつぶつ話しかける令嬢とか、よく考えれば不気味極まりない光景よね。
「あ、失礼しました。グルヴェイグとの話は、つきましたので。彼女を振るって魔導砲を潰す役目は、私にやらせて下さい」
ローゼンハイム伯爵様は私の宣言に驚いて眼を見開いていたけれど、やがて納得したように、深くうなずいた。実際、他に選択肢はないのだからね。
「よし、我々は魔導砲を夜襲で破壊し、しかる後に火竜の力で勝利を決定づけよう。ならば聖女を魔導砲のところまで守り届ける、決死隊を組織するぞ! すぐにな!」
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