第278話 暗転

「フェレンツ殿、魔石の出所を知っているのか? 火竜の魔石など、滅多なことでは手に入るものではないはずだが?」


 ディートハルト様の疑問はもっともだ。そもそも火竜は北方の山地に住まう者たち、この地域に現れることなんか少ない。たとえ現れたとしても、勇者級の戦士や賢者級の魔法使いを十人くらいずつ揃えて、やっと討伐できるような最強魔獣なのだ。なんでそんなレアな魔石を、アルテラは都合よく調達できたのだろうか。


「それはたぶん、うちの村……俺たちが捨ててきたアルテラの獣人村から持ってきたものだと思う」


「え? あ、そう言えば!」


 そうだ。すっかり忘れていたけれど、あの獣人村で不思議な権力を持っていた熊獣人ダンテの両親が、火竜を討伐した英雄だっていう話だったっけ。疑わしいところが一杯あったけれど。


「ダンテの両親が本当にやったのかどうかは怪しいが、死んだ火竜がいたのは事実で、その身体から採った巨大な紅い魔石がダンテの集落に保管されていたのも事実なのだ。恐らくあの魔道具は、その魔石を組み入れて動いているのだと思う」


「アルテラが魔石の存在を知っていて、村から徴発したということかな?」


「いや、ダンテのことだ。アルテラ上層部の歓心を買うために、自ら差し出したのではないかと思う。その手柄で、村の長になるとかを狙って」


 うん、十分ありうることね。火竜の魔石には、辺境の村一つでは購えない価値があるから。彼が長になったら、あの村は結構ひどいことになりそうな気がして心配だけど……今はそれどころじゃない。


「なるほどな。疑問の一つは解けたが……やることは変わらない。俺たちはあれを潰して、カミルにもう一度空を舞ってもらうことだ」


 ヴィクトルが、男らしくすぱっと割り切る。あの村でもう少し火竜討伐の情報を集めていたら、魔石の情報が掴めたかもとか考えちゃう自分がいるけど、わかったからと言って今の状況を避けることは難しかったろう。うん、ヴィクトルの言う通りだ、現在やるべきことを、全力でやるだけね。


「よし、俺たちは夜襲部隊の準備をする。クラウス、それまで負けるんじゃないぞ? カミルは元気が戻ったんだったら、ロッテの護衛を頼むぞ」


 颯爽と飛び出していこうとするヴィクトルは、やっぱりかっこいい。難しい襲撃だけれど、その姿を見ていると、彼なら成し遂げてくれると思えてくるよ。


「頑張って……信じてるからね」


「ああ、期待に応えるよ」


 だけどこの作戦は実行されることはなかった。少なくとも、彼の手では。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ようやく陽が沈み始めた。カミルの空襲が出来なくて不利が免れない味方だけど、クラウスさんの堅実な指揮とディートハルト様の超絶魔法のおかげで、少しずつ押されながらも何とか前線を維持している。なんとかこのまま、夜を迎えられそうね。夜になったら魔獣部隊の出番、あの厄介な魔道具を、ヴィクトルが葬ってくれるはず。


 そんなことを考えていた私は、指揮官として決定的に甘かったらしい。


「大変です! 背後にアルテラ軍が現れました! 数、およそ三千!」


「えっ、背後ですって?」


 そんなバカな。私たちの後方には、ヴァイツ砦に至るまでひたすら深い森しかない。そして開戦して以降、その森にサーベルタイガー部隊が遊弋していたのだから、三千もの兵力が機動力と感知力に優れた彼らに気づかれずに迂回できるわけもない。


「もしかして開戦前から、私たちの後方に潜んでいたの?」


「そうとしか考えられない。くそっ、あのヴァイツの司令官は……いったい何をやっていたのだ」


 クラウスさんが、強く唇をかむ。開戦前もサーベルタイガー部隊は森の警戒を怠らず、毎日五十頭がくまなく国境地帯を哨戒していた。だけど彼らが立ち入らなかったところがある……街道の両側五キロは、ヴァイツ砦の担当範囲、あのおかしな司令官が「入るな」と宣言していた地域なのだから。敵が潜んでいたとすれば、そこしかない。


「まさか、そこまで怠慢だとは……」


「意図的にサボタージュしたというよりは、部下の行動を把握していないのでしょう。官僚的な組織には、いるものなのですよ。上層部への報告書なんかには執着するくせに、現場に何の興味もないという人たちがね」


 ディートハルト様も、吐き捨てるように言う。ああ、彼もそんな人間関係を嫌って、組織に属さずやってこられた方なのよね。


「とにかく、後方は絶対に守らないといけません。クラウス様!」


「あ、ああ。そうだった、第二第三部隊は、前線から引いて後方の敵に対処!」


 とにもかくにも、切り替えて事態を打開しないと。


 クラウス様は素早く二千ほどの兵力を後方に向けてくれたけれど、その分前線は薄くなり、徐々に押され始める。そして絶対安全だったはずの背後を脅かされたことで、これまで兵力差の不利を補ってきた士気が、明らかに低下しているのだ。後方戦線は、あちこちで崩れ始め、もう目の前まで、戦いが迫っていた。


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