第275話 火竜殺しの秘密兵器

(それじゃ行ってくるよ。早く片付けて帰ってくるからね!)


 なんだか気楽な調子で、竜化したカミルが飛び立とうとしている。まあ、硬い鱗をまとって高速で空を移動する竜を倒す方法なんて、それほどないからなあ。


 今日は竜型での戦闘が長くなりそうだというので、お出かけ前にはたっぷり魔力を吸い取られた。まあ、お口からというわけにはいかないから、ハグでね。


 私とヴィクトルはカミルの戦いを見届けるために、兵隊さんたちが仮設で組んでくれた物見櫓に登る。さっきまでなら危なくてできなかった行動だけど、今は多少目立つことをやっても安全だ。兵隊さんやサーベルタイガーの奮闘、そしてディートハルト様のすごい魔法のおかげで、焼け跡広場はほぼ私たちの支配圏に戻ったのだもの。


 カミルの変化した竜は、最初はゆったりと、そして時々速度を変えて敵が進む街道の上を飛んで、目標とする攻城兵器を探しているみたい。


「うん、ああやって飛べば、敵に魔法弓使いがいても、狙いをつけることができない。カミルはうまいな」


 ヴィクトルが感心している。味方の兵たちも、悠々と敵の上を遊弋する雄々しい火竜の姿を眼にして、さらに士気を上げているみたいだ。だけど私は気が気ではない。さっさと火を吹くなら吹いて、危なくなる前に戻ってきて欲しいよ。


 やがて狙いを定めたらしいカミルが、急降下しながら炎のブレスを吐いた。何やら燃えやすいものに火が付いたようで、街道から上がる炎が、こちらまで見える。


「うん、一番大きな投石器を、さっそく燃やすのに成功したようだ」


 ヴィクトルが教えてくれる。ヴィオラさんたちが森の中を駆け回り、念話で戦況を教えてくれるのだ。この距離になると、私も念話に加わることはできない。族長級の能力を持つ二人に、通信を任せるしかないのだ。それにしても、便利な能力だわ。


「鉄でできている兵器もあるようだが、そっちは後回しにするみたいだ。木製の投石器やバリスタを、次々つぶしているね。順調だ」


 こちらからは空を舞うカミルの姿と、時折吹き出される炎が見えるだけなのだけど、カミル一人の力で戦況がどんどん有利に転換していることは、よくわかる。さすがに火竜は魔獣の王、人間の力が及ぶところではないわよね。


 と、安心してしまった私は、甘かったらしい。


「壊せなかった鉄の兵器を撃つようだ。空を自由に駆ける竜に攻城兵器なんて、当たるはずもないんだがな」


 ヴィクトルがつぶやいたその時、上空のカミルに向かって何か赤く大きな光弾が、撃ち出された、不思議な弾……投石器とは明らかに違うわよね。当たったら威力がありそうだけれど、弾速はとても遅い……あれなら避けられるわねと、ちょっと安心する。


 予想通り、カミルは近づいてくる赤い光弾を、軽く羽ばたいてすっと躱した。ほっとした私の眼にその時、信じられない光景が映った。


 カミルの横をあえなく飛び過ぎたと思った光弾が、その後方で大きく弧を描いて軌道を変え、再び彼の背後から襲い掛かったのだ。


「カミルっ!」


 声なんて届くはずもないのに、私は叫んだ。だけど私の念だけは、彼に届いたらしい。カミルはとっさのところで振り向いて赤い光に気づくと、高度を素早く稼いで再度光弾をやり過ごした……ように見えた。


 だけど光弾は驚いたことに、まるでカミルを追いかけるように今度は上向きにコースを変えた。とっさに横にかわそうとしたカミルだけれど、なぜか急に速度を上げた光弾が翼に当たり、彼の片翼は燃え上がった。翼を失っては、どうしようもない。火竜のカミルが、森にまっすぐ墜落していくのが、はっきり見えた。


「いやあぁぁ!」


 私は物見櫓から飛び降りると、カミルが墜ちた森に向かって走ろうとした。だけど十歩も行かないうちに、ヴィクトルの強い腕で抱きすくめられてしまった。


「いやあ、カミル! カミル! 助けに行かないと、カミルが!」


「君が行っても、カミルは助けられない。ヴィオラさんたちに任せるんだ!」


「でも、このままじゃカミルが死んじゃう! 死んじゃやだよ、カミル!」


 その時の私は、もうまともな思考をする理性を失っていたのだろう。涙をとめどなく流しながら理不尽に叫ぶ私をぎゅっと強く抱いたヴィクトルが、声を低めて言った。


「俺が助けに行く、だからロッテは、ここに残るんだ。ロッテはカミルの家族であると同時に、ここにいる数千の兵たちを守るべき、総指揮官なんだ。いいね?」


 その言葉で、彼の腕の中で暴れていた私の、力が抜けた。そうだ、私にはこの兵隊さんたちだけじゃなく、シュトローブルの民みんなに、責任を負っているのだった。危うく、すべてを見失ってしまうところだったよ、ごめんヴィクトル。


 ヴィクトルが人間の服を乱暴に脱ぎ捨て、マッチョではないけれど鍛え上げられたたくましい筋肉がさらけ出される。私が思わず恥ずかしくなって視線をそらしているほんの短い間に、彼は大きく美しいサーベルタイガーの姿に変化した。


(それじゃ、行ってくるからね。いい子で、待っているんだよ)


 子供扱いされたことを抗議する元気も、もはやなかった。私は森に向かって走り込む雄々しい彼の姿を眼に映しながら、ただ涙をこぼすだけだった。


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