第274話 全力戦闘
「放てえっ!」
指揮官の命令一下、数百本の矢が街道の出口に向け撃ち込まれ、アルテラ兵がバタバタと斃れていく。だけど彼らはそれに怯まず、仲間の死骸を乗り越えて、こちらに向かって少しづつ進んで来る。
敵の士気は、思ったよりかなり高いようだ。何しろ空前の大兵力で攻めてきているのだ、勝利を確信しているのだろう。何とか一日で組み上げた丸太のバリケードで足止めが効いているけど、やはりじわじわと押され、少しづつだけれど支配地域を広げられている。
「撃ち続けろ! 撃って撃って敵を前に進ませるな! 大丈夫、粘れば勝てるのだ。時間がたてばたつほどに、我々は勝利に近づいているのだからな!」
クラウス様が大声で兵たちを鼓舞する言葉は、間違っていない。主力の増援が至る明日になれば、地の利がある私たちに形勢は傾くだろう。どれだけ長い間、我々に数倍する兵力を支えられるかが問題だけれど。
「持ちこたえられそうですか?」
「任せて欲しいと言いたいところだが、正直厳しいな。敵の兵力は我々と比べれば無限に近い。このままではいつか押し切られる、なんとか奴らの士気をくじきたいところだが……」
私に対しては、率直に苦境を口にするクラウス様。普段は凛々しい男の人が弱音をちょっとだけ吐く姿って、少しキュンとする。これって、頼られちゃってる的な、あれだよね。
ようし、私の……と言うより、ヴィクトルの造った仕掛けを、見せてあげよう。
(ヴィオラさん、お願い!)
(任せて! 行くよ!)
私とヴィオラさんは短く念話を交わす。普通のサーベルタイガー同士だと念話の届く距離はせいぜい五十メートルくらいかそこらだけれど、ヴィクトルやヴィオラさんのような高位魔獣と私の間なら、数百メートル離れていても交信できるのだ。
程なくアルテラ軍の前線に、明らかな動揺が走る。これまで前方しか見ていなかった彼らが、脅えたように後方を振り向き始めたのだ。
理由は簡単だ。街道を進むアルテラ軍の長い長い隊列を、サーベルタイガー部隊があちこちでぶった切っていったからだ。
サーベルタイガーは確かに森では最強の魔獣だ。だけど一頭に歩兵が十人組んで当たれば、互角以上に戦えるし、三十人で囲めば確実に討ち取れる。いくら強くても、単独で人間の軍隊には挑めないってことを、ヴィクトルは数々の戦いで学んでいた。だから彼は人間の軍隊の動きや指揮系統を観察し、それを魔獣に合った形に改編して、サーベルタイガーによる集団戦ができるように、シュトローブルの虎さんたちを鍛えぬいたのだ。
かくして今日は、ヴィオラさん率いる百頭のサーベルタイガーが二隊に分かれ、森を縫って進んでは街道を行くアルテラ軍の側面から不意をついて突っ込み、そのまま駆け抜けるという戦術を繰り返しているのだ。相手を殺すのが目的ではなく、隊列を分断する、ただそれだけをひたすらやるのだ。
一頭や二頭で突っ込んだのでは、相手に重装兵がいれば耐え切られてしまう。だけど五十頭が高速で一気に突っ込めば、止められる兵はいない。そして虎さんたちは脚を止めることなく、兵たちを自らの速度と重量で吹っ飛ばすだけ。しかも敵兵力の厚みは、街道の幅に制約を受けて、薄い。こうして彼らはほとんど被害を出すことなく、あちこちでアルテラを混乱させることに成功していた。
後方から無限に近い兵がバックアップしてくれると思えば、前線も思い切り戦えるものだ。しかしその後方が混乱に陥ったとき、彼ら……アルテラ軍先鋒の戦意は、鈍らざるを得ない。
「敵の士気が下がっています、クラウス様、今です!」
「うむ、さすがは森の王者サーベルタイガーの力。だが個々の力に頼る魔獣をあのように統一した意志のもとに動かすとは……ヴィクトル殿、感服いたした。うむ、次は我々の力を見てもらおう。弓隊、撃ち方やめ! 騎馬隊、歩兵隊、突撃せよ! バイエルン軍の強さを、アルテラの暴兵に見せつけてやるのだ!」
クラウス様の号令一下、これまで防戦一方だったシュトローブル軍が、反撃に転じた。これまでひたすら守り、耐えてきたストレスを、激情に変えて。
「こっちが守りに徹していれば、いい気になりやがって!」
「俺たちの国を、簡単に奪わせはしない!」
「この野郎ども、アルテラへ帰りやがれ!」
バリケードを今や乗り越えんとしていたアルテラ兵の腹に、歩兵の槍が突き刺さる。背を向けて後退を始めた敵の頸を、騎士の長剣が切り裂く。
そして、長い長い詠唱を終えたディートハルト様が、かっと眼を開く。
「いにしえの誓約に基づき、我に力を! 業火よ降れ!」
次の瞬間、空から無数の火球が、敵の中心に向かって降り注いだ。火球というより、燃えさかった岩石と言った方が、正しいかも知れない。それは敵兵のほとんどを巻き込み、地を穴だらけにした。うわあ、さすがにこれは、反則級の業じゃないかなあ。
アルテラ軍は焼け跡広場の二割ほどを支配し、橋頭堡を築きつつあった。最後のディートハルト様の反則攻撃は焼け跡に進出してきていた二千弱ほどの兵をほぼ全滅させ、敵が決死の覚悟で築いた橋頭堡も、一撃で破壊した。うん、これはいけるわ。
「さあ、あとは主力部隊が持つ攻城兵器をさっさと壊すことです。これは君の仕事ですよ、カミル君」
ディートハルト様が、やりとげた表情で告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます