第264話 収穫祭

 その晩は、ささやかな収穫祭りとなった。


 まだ収穫作業が終わったわけではないのだけど、私の来るのに合わせて、お祝いをやろうと相談していたのだって。


 村の中央広場に素朴なテーブルをいくつも出して、どかんと大皿で料理が並ぶ。いつもは質素な生活をしている獣人さんたちだけど、今日ばかりは冬場に狩った妖魔や害獣の肉をいぶして造ったソーセージなんかが惜しげもなく供されている。そして村長フェレンツさんが先日手ずから自慢の弓で仕留めたという大猪が丸焼きになって、ジェシカさんがいそいそと肉を切り分けている。


 お肉が出るなら、お酒もないといけないよね。


 この村にはまだエールを醸す余裕がないから、私がバイエルン名物の甘々ワインをたっぷりお持ち込みしたのよ。甘みも強いけどしっかりとした渋みもある赤ワインが、脂が程よく溶けた猪肉にマッチして、最高なの。まあ、私はたくさん飲んで醜態をさらした過去があるから、自重しつつちびちびとね。


 獣人さんたちは普段あまりお酒を飲まないから、ちょっと飲んだだけですっごく陽気になっている。もちろんお酒だけのせいじゃないのだろう……みんな今日の収穫を、心から喜んで、楽しんでいるんだ。犬獣人のお爺さんが、四本の弦が張られた東方風の楽器を抱えて、陽気な音楽をかき鳴らしはじめると、みんなはもっと盛り上がる。


「さあ、踊るぞヨハンナ!」「あ、ちょっと待って。きゃっ、あははっ……」


 広場の真ん中で、熊獣人のお兄さんが、お目当ての狼獣人お姉さんの手を取って踊りはじめる。ロワールのダンスともバイエルンの民族舞踊とも違う、東方の雰囲気を漂わせるステップ……見ているだけで楽しくなって、私までむずむずしてしまう。


「うん? ロッテ、踊りたくなったのか?」


「うん。でも、あんな異国風の踊りは難しくて、できそうもないわ」


 そう答えると、ヴィクトルはすっと立ち上がって、私の手を取った。


「こういうのは楽しければいいんだ。俺たちも踊ろう、バイエルン風に」


「あらヴィクトル、私は宮廷式のダンスしかできないけど……貴方、できるの?」


「パーティで見て覚えた。たぶん、できる」


 え、できるんだ。驚く私が立ち上がると、ヴィクトルはすうっと手慣れた感じで滑らかに広場の中央に私をいざなって、腰を抱いた。


「では、シャルロッテ嬢。貴女と踊る光栄を、私に与えて下さいますか?」


 うわっ、どこで覚えたのそんな言葉。キザったらしい、キザったらしいのだけど……金色の瞳に見つめられながらそんな台詞を吐かれたら、思わずくらっときてしまう。


「はい。喜んで」


 そして、私たちは夜空の下で、初めてのダンスを楽しんだ。


 見て覚えただけだと言っていたのにヴィクトルのステップはとっても軽快で、優雅でさえあった。魔獣の運動神経は人間のそれとは比較にならないとはいえ、上手すぎて驚くしかない。いつしか踊り慣れているはずの私が、逆にリードされてしまっているのが、なんだか心地よくて。


 冷静に見たら、獣人さんが奏でる異国の音楽と私たちの宮廷風ダンスは、まったく似合わないものであるはず。だけどその時の私には、その弦楽がまるで私たちのためだけに響いているみたいに感じられた。軽快にステップを踏み、ヴィクトルに手を取られたまま、くるっと回る。


「うわあ、すっごく楽しい……」


「良かった。一生懸命練習した甲斐があった」


 あっ、やっぱり、練習したんだ。そうだよね、いくらなんでもちょっと垣間見ただけでこんなに上手に合わせられるとか、あり得ないもんね。


「それって誰と、なの?」


「こんなのに付き合ってくれるのは、ビアンカくらいしかいないよ」


 そっか。獣人であるビアンカも公の場では踊る機会がないけど、しっかり練習しているんだ。それはたぶん、れっきとした貴族であるお父さん、賢者ディートハルト様の名声に疵をつけまいとする優しい心で。


「いやだったか?」


「ううん、嬉しい。ヴィクトルが、私と踊りたいって思っていてくれたなんて」


 そう言って私が身体を寄せると、彼は金色の眼を優し気に細めて、私を引き寄せた腕にぐっと力をこめる。そして私は、彼のたくましい胸に、頬を寄せる。


 もう、その時踊っていたのは、私たち二人だけ。獣人村の人たちはみんな踊りも、料理をつまむ手も止めて、私とヴィクトルのダンスを、じっと見つめている。そしていつしか、曲が止まった。


 そして沸き起こったのは、波のように押し寄せる賞賛の声。


「かっこ良かった!」

「民族音楽に合わせて貴族のダンスなんて、すげえな!」

「虎の兄さん、いつの間にダンスなんか身につけたんだ?」

「領主様、綺麗……」


 せっかくだから最後も、私はスカートをつまんでカーテシー、ヴィクトルは右手を胸に、左手を横に差し出す貴族風のご挨拶。またみんなが、どっと盛り上がる。


 村人たちがまた踊り歌い出したのを見て、私とヴィクトルは隅っこのテーブルに着いた。少し火照った身体に、甘いワインが染みるわ。

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