第252話 姉様のお話(1)

 う~ん、どこから話そうかな。やっぱり、旧モルト―子爵領で別れた、あの時からよね。


 王都に戻った私だけれど、西教会の幹部はやっぱり腐り切っていたの。枢機卿たちはすべて第一王子派に飼いならされた犬のようだったし、教主は自分の意志なんかなく、流されるだけの方。益々第一王子派と第二王子派の争いが激しくなる王都教会にいても仕方ないから、私はせっせと、任地の東地区で妖魔狩りにいそしんでいたわ。


 本当は新しく聖女になる令嬢を教育するのが私の役目であるはずなのだけど、その年の聖女資格合格者はすべて、任官を辞退したの。だって、ロッテをあんな形で異端認定し追放したんだもの、聖女なんてものになったらどんな罪を着せられるかわからないって認識が、聖女候補の親である貴族たちに広がってしまったのは仕方ないことよね。たぶん今のままだと、ロワールの聖女育成システムは近く崩壊するでしょうね。まあ教会の自業自得なのだけど、妖魔の害に悩む国民には、災難としか言いようがないわ。


 そんなわけで連日ロワールの辺境を回り続けていたので、第一王子フランソワ様の婚約者としての役目は、ほとんど果たさずにいたの。うちの毒親も含む高位貴族たちが「早く殿下の世継ぎを産め」ってうるさくて……あまり殿下の近くにいると、既成事実を作るように仕組まれそうでそれを避けていた側面もあったかな。まあフランソワ様自身は、私に対してとても紳士的であったのだけれど。


 そうしている間にも、フランソワ派とアルフォンス派の対立は先鋭化していって、有力貴族の襲撃や街中での乱闘騒ぎまで起こるようになったの。そして両殿下を支持する貴族たちは各々の領地で軍備を着々と整え、内戦も辞さない雰囲気が、ロワールの上層部で高まっていたのよ。


 だけど、多くの権力者たちは内戦なんか望んでいなかった。特に教会なんかは謀略は巡らしても武力はさっぱりだし、巻き添えを喰らってはたまらないとばかりに、策謀でフランソワ派を勝利させることを考え始めたわけね。

 

 そして枢機卿たちに突き上げられた教主が言い出したのが「聖断」。


 神にどちらが王にふさわしいか決めてもらう、ってわけ。もっともらしい言い草だけど……その神意を誰が聞くのかといえば、なんと私だっていうじゃないの。最後の最後まで他人に丸投げで責任を取らないつもりだったわけね。


 この無責任な教主の提案に、枢機卿たちと第一王子派の貴族が飛びついた。だって「聖断」を下すのは私……フランソワ殿下の婚約者なのだもの。間違っても、アルフォンス殿下を選ぶことはないだろう、というわけね。


 一方アルフォンス殿下にとって、これはどう見てもアンフェアな選定プロセスとなるわ。当然激しく拒否することが予想されていたけれど、彼は「聖断」による王の選定を受け入れたの。敗れた場合にも自派の貴族を粛清しないという条件を付けて。


 「聖断」を下す前に、私は両殿下と面接を行ったわ。


「アルフォンス殿下、貴方には不利であるはずの『聖断』を受け入れられた理由は何ですの?」


「国全体を疲弊させる内戦は、なんとしても回避せねばならない。兄がこちら側に属する貴族を粛清しないと約するなら、兄が王位に就くことに異存はない」


 そう、アルフォンス殿下自身には王位につきたい野心はなかったのね。停滞したロワールを改革したいという意欲はもちろんあったけれど、改革派貴族たちに無理やり旗印として推されなかったら、争いに加わることなく兄王の補佐に甘んじていただろう。彼が争いから降りられない最大の理由は、自分を支持する貴族が処断されることを恐れるが故だったのよね。


 それを確認した上で、彼の目指す国政方針について、じっくりとお話を聞いたわ。彼は大貴族が地方に割拠しそれぞれに強い力を持っている今の状況を変え、より中央集権的な国家を目指していたの。政教分離も進め、教会は敬うけれど、統治システムからは遠ざける。そうせねば国力の強化は見込めず、いずれ近隣国との争いに敗れるであろうとも。そして国内では奴隷の人権を認めたり獣人への迫害を禁止することで、平等とまではいかなくとも厳しい身分制のピラミッドを緩和しようという理想を持っているようだった。このへんにはかつての婚約者ロッテの影響が色濃く窺われ、私は口元を緩めたわ。


 一方のフランソワ殿下は、予想通りのシンプルな反応。


「社会の良き伝統と秩序を守る、それが王たる者の役目。そしてそれは長幼の序を守ることも含まれる。長子である私が王になることが、秩序を維持することにつながるのだ」


 ようは、今までの仕組みをまったく変える気はないということ。教会との関係を質問しても、アルフォンス殿下との相違は明確だったわね。


「王家と教会は不可分の関係である、これまで通り密接に関わり、国政についても教会の意向を十分に考慮し策定するつもりだ」


 国内社会の、それも中流階級以上のみに限って言えば、フランソワ殿下の方が変化が少なくて安定なのだろう。一方、動きを止めることない世界との関係、虐げられた階級に渦巻く不満のマグマを考慮すれば、アルフォンス殿下の目標がフィットするだろう。


 そして、私は一週間外部との接触を断って、神に祈り続けた。というより、祈り続けるふりをして、ひたすら考えていたのだけれど。


 両殿下の懸念されている通り、ドロドロの内戦や、勝者側から敗者側への苛烈な報復を避けねばならない。


 どちらを選んでもすぐ内戦に発展する可能性は低いけれど、問題は粛清だった。フランソワ殿下ご自身は粛清を行わないと約して下さっているけれど、彼の一派は腐敗貴族揃いだ。敗者側にいろいろと罪をなすりつけ、その領地や権益を奪おうと手ぐすね引いていることは、間違いなかったわ。一方アルフォンス殿下の目指す社会改革は、貴族に大きな不満をもたらすものになって、また新たな大乱を招く恐れのあるものだ。どちらを選んだら……。


 決めきれない私の脳内に、長い黒髪とこげ茶の瞳、そして人間とも魔獣ともつかぬ紫のオーラをまとう、愛する妹の姿が浮かんだの。そう、シャルロット……いやロッテなら、どうするのだろうって。


 私は一向に答えを返してくれないロッテの面影に、いつまでも問い続けていたわ。

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