第251話 姉様との再会
私の掛けた声にその女性が振り向いた拍子に、巡礼服のフードがふぁさっと後ろに落ちた。
現れたのは、肩にかかる程度に短く切りそろえられているけれどまるで黄金みたいに色濃く豪華な金髪、そして色白の小顔。キュッと高い鼻に色濃い眉、ラピスラズリのように深い青の瞳、そして紅も引いていないのに燃えるように赤い唇。
え、そんなはずは。でも、こんな忘れがたい容貌を持つ女性が、二人といるはずもない。
「これは、夢……なの?」
「いいえ、夢ではないわ、ロッテ。貴女に、会いにきたのよ」
「……ね……姉様、レイモンド姉様っ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
もう、盗賊のことも、巡礼団のことも、どうでもよくなってしまった。私はさっきからレイモンド姉様の豊かな胸に顔をうずめて、泣き虫全開だ。
もう二度と会えないと思っていた姉様……ロワールで凶刃に斃れたと伝えられていた姉様にこうして抱き締めてもらって、姉様の匂いを胸いっぱいに吸い込める日が、もう一度来るなんて。なんだか幸せすぎて、涙が止まらない。
「姉様が、死んだって聞いて……」
「うん、公式には、死んでることになってるわね。だから目立たないようにこっそりと、貧しい巡礼団に紛れてバイエルンにきたわけなのだけど……こんなに時間がかかるなんて思ってもみなかったわ、大失敗ね」
キャンプ道具全部荷車に積んでの人力移動なので、一日七〜八キロくらいしか進めないのですって。包容力の大きな姉様も、さすがにあきれ気味だ。
「あのリーダーさん、『この一歩を踏みしめるごとに、神へと近づくのだ』とか真面目でおっしゃるのよ。このままじゃロッテのいる辺境にいつ着けるんだろうなって、ちょっとイラっとしていたところなのよね」
「え? 姉様、シュトローブルに来てくれるつもりだったの?」
「もちろんよ。というより、もうロワールには居場所もないし、ロッテに養ってもらわないと、私は野垂れ死にしちゃうわね」
うわっ、嬉しい。大好きな姉様と、これから一緒に過ごせるなんて。嬉しすぎて、またボロ泣きしてしまう私なのだ。昔と同じように優しく髪を撫でてくれる柔らかい手が、また気持ちよくて。
「あの……聖女殿。そろそろ、出発させて頂いてもよろしいか?」
あ、そうだった。日没までにザルツブルクに着いて、盗賊なんかの処理を片付けないといけないのだった。涙でぐちゃぐちゃになった私の顔を、いつのまにかビアンカが優しく拭ってくれていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その夜は、ザルツブルグの街に泊まった。ビアンカとルルも交えて、巡礼一行から離れた姉様と、バイエルン特有の甘いワインをたしなみつつ、たっぷりお話をした。
「一年ちょっとですごく大きく、綺麗になったわね、ビアンカちゃん?」
レイモンド姉様の言葉に、ぽっと頬を染めるビアンカ。
「そうなの、もう背丈なんかは私より大きいし……」
その上、言いたかないけど胸ははるかに大きい。私が口を濁した部分を正確に読み取ったらしい姉様は、くすっと笑った。
「でね、今は私の秘書として働いてくれてるの。ものすごく有能で……王太子殿下が引き抜こうとしたくらいなんだから」
「お姉さん、大げさです……」
さらに照れて紅くなるビアンカ、今日も目一杯可愛い。そんな姿がもっと楽しみたくて、私は彼女が発揮するものすごい記憶力エピソードを調子に乗ってしゃべりまくる。
「そんなすごい記憶力を持っているのね。お父さんがあの賢者ディートハルト様だと聞けば、なるほどと思うのだけど」
レイモンド姉様も、ディートハルト様の名前はよくご存じだった。隣国バイエルンの妖魔海嘯を収めた勇者パーティーの火力担当であったのだから、ロワールのお妃教育でもばっちり出てきたのだそうだ。実は私もお妃候補であったから、同じような教育を受けていたはずなのだけど、さっぱり記憶にないのは不真面目だったからだろうか。ビアンカみたいな記憶力はない私だから、仕方ないよね。
そして、カミルのお話。姉様の記憶ではまだショタっぽいイメージでしょうけれど、もうすっかり大人っていうか、青年になっちゃったのよね。そして、火竜の本性を覚醒させた彼は、もう竜に変化して重大な場面で私を救ってくれている。
「ねえレイモンド様、カミルは調子に乗って、ロッテお姉さんに告白してしまったのですよ! ヴィクトルお兄さんと真っ向勝負になっちゃっているのです!」
うわっ、いきなりビアンカにぶっちゃけられてしまった。さっきたっぷりいじっちゃったから、仕返しかしら。
「えっ、あの子が? ロッテ、ショタ……じゃなく、そういう趣味が?」
おっと、何かとんでもない方向に誤解が広がっていく。さすがに私とカミルの名誉のために、覚醒後の成長がすごく早くて、もう見た目は二十歳くらいだってことを、慌てて付け加える。姉様がきゅっと口角を上げる。
「そうかあ~。ヴィクトルさんがもたもたしているうちに、少年が目覚めてしまったわけね。これは、これからの展開が楽しみね」
「そんな、姉様ひどい~」
「ふふふっ。そんなに思って下さる殿方が二人もいるなんて、幸せなことよ。う~ん、それじゃあ、私が持ってきた伝言は、もう意味がなかったかな」
「え? 伝言って?」
姉様の含みがありそうな言い方に、思わず私は聞き返してしまう。
「アルフォンス殿下……あっ、今は陛下からね。『王妃の座は空けてある。今からでも遅くなければ、ロワールで待っている』ですって。でも、こんなに活き活きとお仕事して、愛してくれる人に……あ、獣もね……囲まれているロッテを、これから窮屈な王宮に戻すわけにはいかないわね。『残念ながら遅かったみたいです』って使いを出しておくわ」
レイモンド姉様の言葉に、今度は私が耳まで紅くなる。アルフォンス様……まだ私を求めて下さっているんだ、とっても嬉しい。
だけど、もう私には、捨てられないものがバイエルンにいっぱいできてしまった。私を愛してくれるヴィクトルやカミル、そしてクララやビアンカたち。本当の家族のように愛してくれるハイデルベルグ家、そして獣人や魔獣を含めた、私が守るべき辺境の民。
アルフォンス様のことは今でも愛しく思えるけれど、それ以上に私を守ってくれているみんなが大事なの。彼との思い出は美しい思い出として胸にしまって、終わりにしよう。
「うん、ロッテの気持ちも決まってるみたいね。それじゃ、今度は私の話をするわね」
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