第250話 巡礼者たち
「巡礼、ね……」
微妙な反応を返してしまう私。うん、正直なとこ、巡礼さんに対してあまり好意的になる理由がないんだよね。
今この街道を通って東へ巡礼に行く灰色ローブをまとった集団は、主にロワールから来た西教会の信者さんだ。アルテラを越えて更にはるか東に、初代教主様ゆかりの聖地がいくつもあって、そこを訪ねた経験があるっていうのが、西教会地域では結構なステータスになっているのだ。
かつて大陸がもう少し平穏だった頃は、ちょっとした財を築いた人が、事業を息子に譲った後なんかに巡礼に行くのが流行していたという。まあ、一生に一度の道楽……って言ったら叱られるかしら。まあ昔は、そういう呑気な側面もあったのよ。
だけど、現在の大陸は荒れている。バイエルンとアルテラは小競り合いを繰り返しているし、アルテラ以西は盗賊が跋扈しているのよね。リンツ商会の隊商みたいにきっちりと護衛を雇える旅ならいいけれど、普通の旅人がバイエルンより東に行くのは、自殺行為に近い。
そんな状況でも、どうしても聖地を訪ねたいという人たちがいるんだ。それはほとんどが中流以下の、決して豊かではない人たち。観光気分ではなく純粋に信仰心に基づく欲求なんだけど、その信仰心ってやつは、西教会の聖職者たちが無用に煽ったものなのだ。
もちろん一生に一回の巡礼を目標に真面目に仕事に打ち込むというような利益があることは否定しないけど、それは生命を引き換えにして良いようなものじゃない。だからロワール聖女だった時には、担当地域で巡礼に出かけようとしている人を随分止めたのだけれど……もうすっかり刷り込まれちゃっているというのかしら、あまり耳を傾けてもらえなかった。
「だけどお姉さん、信者の人が危ない目に合うことが分かっているのに、なぜ西教会では巡礼熱を煽るのですか?」
私の説明を黙って聞いていたビアンカが、疑問を呈する。そう、問題はそこなのよ。
「西教会はね、巡礼者に東諸国の情報を探らせるのよ。そしてその情報は、ロワールをはじめ教会が拠点をおく国にとって、喉から手が出るほど欲しいものなの」
「それってスパイってことですよね。捕まったら死罪……信者さんを危険にさらすことなのでは?」
「そうよ。だから私は反対してきたの。だけど西教会の幹部にとっては、末端信者が何人か消されたところで、痛痒はないみたいでね」
馬車は巡礼者の列を追い越してゆく。この人たち個人個人は敬虔な善人なのでしょうけど、バイエルンにとってはありがたくない異邦人だ。シュトローブルでも巡礼を監視させないといけないなと、聖女に似合わないことを考えて、ため息をつく私だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
アーレン司教様がいらっしゃるザルツブルグの手前にある森で、私たちはまた灰色ローブの一団を見た。街にも泊まらずキャンプを続けて旅する、最も貧しいクラスの巡礼さんたちだけれど……盗賊らしき連中に囲まれている。貧しいと言っても長旅を続けるだけのおカネは持っているし、年頃の女性もいる。そして護衛なんか連れていないのだから、悪い奴らにとっては、ちょろい獲物だ。
巡礼さんたちの中にも腕に覚えのある人はいるようで、さまざまの得物を振り回して抵抗しているけれど、場慣れしている賊たちが、圧倒的に優勢だ。
そんな中で一人の若い女性巡礼者が、私の眼を引いた。
背丈ほどの木棒を複雑な軌道で回転させては屈強な賊を打ち据え、次の瞬間にはさっと飛びのいて凶刃を避ける。敵の得物を打ち落とし、足を払って転倒させるどこか見覚えある棒術は見事だけど、一人だけじゃ劣勢を跳ね返すことはできていない。
「いけませんな。少々手助けして参りましょう」
そう言って部下を数人連れて飛び出していくのは、ローゼンハイム家のお婿さん……つまりティアナ様のご夫君である、クラウス様。ローゼンハイム伯のご配慮で、目立たない数百人程度のシュトローブル増援部隊を寄こして頂いたのだけど、その隊長に立候補して下さったのだ。まあ、この方にも「騎士の誓い」を捧げられちゃっているんだよね、私って。ま、頑張りすぎない程度に、お願いしたいな。
屈強な兵士さんたちが追いついて、あれよあれよという間に盗賊を切り捨て、打ち据え、拘束する。半数に打ち減らされた賊は、仲間を見捨てて森へ逃げ込んでいった。捕まえた奴らには過酷な処分が待っているだろうけれど、因果応報というやつだ、仕方ないよね。
「皆さん、怪我はございませんかな」
「……ああ騎士様、神があなた方を遣わしたのですな、神は常に全能であらせられる」
巡礼のリーダーっぽい男性の返答にちょっとイラっとくる私。そこは神様に感謝する前に、まず眼の前で奮闘したクラウス様たちにでしょ。私が思わず何か言おうとする前に、さっきの棒術お姉さんが口を開いた。
「ありがとうございます、勇敢な騎士様がた。私たちは武勇なき身、危うきところをお救い頂き、心より感謝申し上げますわ」
うん、そうなのよ。これだけで騎士様達は報われた気持ちになるのよね。なんで若いお姉さんがちゃんとできるのに、リーダーのおじさんは、トボけた反応しかできないのかしらね。
「うむ……民を守るは騎士の務め。礼には及ばない」
そう言いつつも頬を少し染めるクラウス様。あ~あ、後でティアナ様に言いつけちゃうぞ。
「騎士様たちにお怪我は……?」
こちらを気遣う女性の声が、何か気になる。この優しい響きのアルト、すごく聞き覚えがある気がする……。
「あのっ、もしかして……」
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