第249話 ようやく帰れる!

「はぁ~っ、やっとシュトローブルに帰れるわ……」


「お疲れさまでした、ロッテお姉さん。素敵な結婚式でしたね!」


 エメラルドの瞳をキラキラさせているビアンカの隣で、私は完全にぐてっとのびている。身体的というより精神的に、とっても疲れちゃったのだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 あの日、荘厳で重厚な結婚式を何とかやり切った私は、すっかり気を抜いてくつろいでいた。


「大変でしたね、聖シャルロッテ」


「あ、枢機卿猊下、ありがとうございます。姉の結婚を祝福させていただいて。猊下がいらっしゃるというのに、私のような新参者がこのような役目をやるなんて僭越で……」


「まあ普通であれば私がやるべきなのでしょうが、今回はアフターイベントに力が入っているとか聞いておりましてね。イベント込みなら、聖女が出ないと盛り上がりませんから」


 ん? ベネディクト枢機卿猊下がいつも通り柔らかいトーンで、さりげなくぶちかました爆弾発言に、私は固まってしまった。


「え? アフターイベント?」


「聞いておられない?」


 ええ、まったく。


 そうなのだ。クリストフ父様と国王陛下が結託して、式の後に続くあれやこれやのお披露目イベントに、思いっきり「聖女」を巻き込む計画を立てていたのだ……私に、内緒で。


 まあ、腹黒さんたちの気持ちはわからなくもない。昨年の大粛清で国内はまだざわついている。そこに、近々大規模な戦争が避けられないとなれば……その前に民の人気取りや支持固めをしておくべきところよね。その為におカネを使うわけにはいかないわ、戦争にはいくら資金があっても足りないでしょうから。そんな中でカネを使わず効果的に市民の士気を高めるイベントとして、大衆歌劇で盛り上がった「聖女」を引っ張り出そうってことだったのよね。


 狙いはわかるんだけど、だったら事前に言ってくれれば良かったのに。そうつぶやく私に、クリストフ父様がちょっとばつ悪げに一言。


「ロッテに言ったら、やれ目立つのはイヤだとか、出番を半分にしろとか、言い出すだろう?」


 うぐっ、見抜かれていた。だって、主役はマーレ姉様たちなのに、私が目立つのはダメだと思うの……何より、面倒くさいし。


 そんなわけで私の性格をよくご存じの父様と陛下は、あえて当日まで知らせない方式にしたみたいなの。思いっきりダマされた気分だけど、イベント運営している人たちが困った顔をしているのを見たら、結局流されて何でもやってしまう私なのだ。あの腹黒い殿方たちには、いつか仕返しをしてあげたいわ。


 新郎新婦のパレードでは二両目の馬車に乗せられて、笑顔を振りまいた。これって、王族のお仕事じゃないかと思うんだけど? 同乗した第一王女様には何度も謝られたけど、父様も主犯の一人なのだから、かえってこっちが恐縮してしまった。


 王宮テラスから市民へお披露目をする時には、二人に花冠をかぶせてあげる役を仰せつかった。ちょっとサービス精神が湧いて、マーレ姉様にキスして差し上げたら、広場に集まった人たちが、ものすごく盛り上がった。そうそう、この時は殿下も姉様も真っ白な騎士の礼装をお召しになっていて……個人的にはドレス姿より萌えたわ。


 そして最後は、三日連続の夜会……私が一番苦手なやつだ。聖女として呼ばれているのだから聖職者のローブで通せるんじゃないかと思っていたけれど、カタリーナ母様に全力で却下された。


「ねえロッテ。あくまで夜会での貴女は『聖女』じゃなく『王太子妃の妹』ですからね! いいこと? きちんとドレスを着てもらいますからね!」


 結局、三日間違うドレスを着せられて、顔も知らぬ貴族のおばちゃんたちの井戸端会議に巻き込まれ、もっと悪いことに伯爵家だか子爵家だかのボンボンが次々にダンスを申し込んで来て……。


「そりゃロッテは、侯爵令嬢で子爵家当主だもの。貴族家の次男三男たちには垂涎の的ってやつよね、狙われるのも仕方ないわ」


 マーレ姉様はそうおっしゃるけど、狙われる方の身になってほしいわ。それにその人たち、結局私個人に魅力を感じているわけじゃなくて、私の領地って言うか、持参金狙いってことよね。男性として、そういう動機で女の子に近づくのはどうなのって思っちゃう。


 だけど幸いなことに、ボンボンたちとは踊らずに済んだのだ。それはルルのお陰なの。


 もう私がルルを肩に乗せて社交に出るのは、王家公認になってしまっている。そしてルルもすっかり社交場にも慣れて、珍しがって近づくお姉さんたちには、妙な踊りを披露して愛嬌を振りまく。だけど自称貴公子である狼さんたちが近づくと、一転魔獣に戻って威嚇するんだ。ボンボンさんたちは石化の業をもつコカトリスに睨まれて退散するしかなく、私は平和にご婦人たちとの交流を深めること「だけ」に専念できたわけなの。


(ママに他のオスを近づけたら、ヴィクトルやカミルに叱られるからねっ!)


 ふふっ。ルルもすっかりませた子になってしまったみたい。教育が良くなかったのかしらね?


◇◇◇◇◇◇◇◇


 そんなこんなで苦手な仕事のストレスでぐったりと疲れた私は、シュトローブルへ向かう馬車の中でビアンカの肩にもたれ、ようやく訪れた怠惰を満喫している。


「はぁ~っ、ビアンカのいないイベントはストレスたまるわあ」


 そうなのよ。人の顔と名前を覚えるのが苦手な私は、彼女がいないととたんに使えない子になってしまうのだ。


「仕方ありませんね。シュトローブルならともかく、王都で獣人が社交の場に出ることは無理ですから」


「それを変えたいんだよね……せめて私の領地では、ね」


「期待していますよ?」


 いつもの通りふわんとした微笑みを浮かべ、虎耳をぴこっと動かすビアンカ。その姿に見惚れていると、彼女がふと窓越しの何かに気付いた。


「あら、ロッテお姉さん。ずいぶん大きな巡礼団ですよ!」

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