第253話 姉様のお話(2)

「神託は下りました」


 おおっというようなどよめきが、貴族たちの中から上がった。もちろんここで盛り上がっているのは、第一王子派の貴族たちだ。彼らは私の口からフランソワ殿下の名が発せられることを、寸毫も疑っていなかったわ。


 一方、醒めた眼で私を見る者も多かった。どうせ茶番劇だろうと、彼らの顔に書いてある。うん、茶番劇だってのは、私が一番わかっていたわ。これは権力に溺れた枢機卿たちが書いたシナリオ通りの展開であったのだから。


「して、大聖女レイモンド様。神託は、どちらの王子殿下に授けられたのでしょうか」


 フランソワ殿下の太鼓持ちを自任するグリニョル子爵が、わざとらしい上目遣いで問うた。どうせ答えは決まっているけどねとでも言いたげな表情の子爵を無視して、私はゆっくりと祭壇に上がり、貴族たちを見下ろしたわ。


「聞きなさい、神の声を。全知全能の我が主は、次代のロワールを率いる者をお示しになりました。王太子を名乗るべきは……」


 私は一旦言葉を切って、眼を閉じた。貴族たちが静まり返り、つばを飲み込む音すら聞こえてくるようだったわ。そのまま胸の中で十を数えてからゆっくりと顔を上げて大きく息を吸い込んで、視線を二人の王子に向けた。


「アルフォンス殿下。王太子は、アルフォンス・ド・ヴィエンヌに定まりました」


 しばしの静寂に包まれた教会は、私が三つ数えた後に怒号に満ちた。


「何を考えているのだ! 己が婚約者を貶めるのか!」

「そんな出鱈目な神託は受け入れられん!」

「この売女め! いつの間にアルフォンスと通じたのだ!」

「聖女は気がふれたのだ! 引きずり降ろせ!」


 もちろんこれらは皆、第一王子派の貴族たちが発した言葉ね。一方の第二王子派の貴族は、予想外の展開にただ驚いているだけ。


「うむ、聖女も混乱しているようだ。神託はまた改めて……」


 枢機卿の一人が変な汗をかきつつ、無理やりこの場をなかったことにしようとするけど、もう遅い。


「もう一度皆に伝えましょう。アルフォンス殿下の上に神託は顕れました。これを疑う者には、神の鉄槌が下るでしょう。我こそ試さんという者は、いらっしゃいましょうか?」


 無作法にも私の肩に手をかけようとしていた枢機卿が、ぱっと手を引いた。そうよね、彼は私が操る神聖魔法の威力を、十分知っているはずだもの。「雷光」で黒焦げになりたくはないでしょうから、ね。


「それでは、教主猊下。神が次代の王としてアルフォンス殿下を選びしこと、西教会教主の名のもとに、お認めになって下さいますね?」


「う、うむ……み、認める。王太子は、アルフォンスに定まった」


 押しに弱く流されやすい教主様は、だらだらと脂汗を流しながら、私の脅しに屈した。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 婚約者たる自分を王太子に選ばなかった私を、フランソワ殿下は責めず、端然として神託に従う姿勢を見せた。


「ご期待に沿えず申し訳ございません、フランソワ様」


「いや、神託であるならば致し方のないことだ。これ以上争うことはロワールのためにならないからな」


 疑い深く粗暴な人であったけれど、この時の振る舞いは王族らしく、とても立派だった。私と第二王子派の関係を疑うこともなく、さばさばした表情でアルフォンス殿下が後嗣に就くことを認めたのよ。


 私はこの方のことを、少しく誤解していたのかも知れなかった。器量の劣る長子としてその地位を守るに汲々としていたように見えたけれど……それは自分に与えられた役割に忠実だっただけだったのかも。胸が痛んだけれど、この方が自分にへつらう腐敗貴族を重用し、意に染まない者に対して苛烈な処遇を与えてきたことは事実。彼が王位に就いたら、この国は衰退の道に向かって進んでしまうことは間違いない、それは避けねばならないだろう。


「レイモンド。君が私やこの国のことを気遣っていろいろ忠告してくれていたというのに、期待に沿うような動きができなかったことを詫びねばならないな。婚約のことも考え直そう。君はこの国を率いるべき女性だ、王兄妃では役不足というものだからね」


「殿下……」


 私の答えも待たず、フランソワ殿下は踵を返して広間を出て行った。そうだ、彼から見れば私は、婚約者である自分を裏切った女。このまま結婚して生涯を共にする気には、ならないだろう。彼との間に深い愛情はなかったけれど互いを尊重し合っていただけに、さすがに少し心が痛んだわ。


「その信頼を断ち切ったのは、私の方だもの、ね……」


 そう呟いた私に、もう一人の王子……アルフォンス殿下がゆっくりと歩み寄る。


「大聖女レイモンド殿、神託を私に下して頂いたこと、深く感謝する。だが、兄との関係で、辛い立場に置いてしまった。申し訳なく思う」


「神意なれば、やむを得ませんわ」


 そんな会話を交わしたけれど、彼だって私が神の意志なんかではなく、私自身の理性に基づいて選んだことを当然認識して、感謝してくれているはずだ。彼が即位した後は、私のちっぽけなお願いくらいなら、聞いてくれるだろう。そう、ちっぽけだけど、私にとって一番大切な願いを。

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