第248話 マーレの結婚式
寒い寒い中央教会の大聖堂で、私は寒さではなく緊張でガチガチになっていた。そう、結局逃げ切れなかった私は、これから王太子殿下とマーレ姉様の結婚式で、二人に「祝福」を授けないといけないのだ。
私がまとうのは列聖式で使った金満ローブとは、また違ったデザイン。深く濃い紫色と、エッジや切り返しに配した白のコントラストがとっても美しいけれど……これを一週間で誂えるのにカタリーナ母様が王都最高の仕立て屋さんにゴリゴリとネジ込んだのを私は知っている。使っている生地だって普通のものではないし、いったいいくら支払ったのかは想像するだに恐ろしい……毎度のことだけれど。
そして今日は早朝からたたき起こされ、やれ湯浴みだのマッサージだのと、毎度のことながら侯爵家侍女さんたちにいじくりまわされた。ねえ、結婚式するのは、私じゃないんだけどね? 幸いなのは「聖女っぽく清楚に」見せないといけないので化粧はごく控えめ、髪は結い上げずに背中に流すだけの簡単スタイルで妥協してもらったことかな。ちなみに、私の髪を流すか三つ編みにするかで侍女さんたちとビアンカが二時間激論を交わしたらしいことも、知ってるんだけどね。
「お姉さん、落ち着いてください。シュトローブルの教会でやっていたことと、大きくは変わらないのですから」
冷え切った私の手を自分の両手でふんわりと包み込んで、暖かい息をふぅっと吹きかけながらすりすりしてくれるのはビアンカ。儀式のあれこれについては昨日さんざん練習したけれど、手順がいっぺんで覚えられなくて、彼女にいちいち教えてもらいながらじゃないと、うまくできなかったのだ。
「はぁ~っ、ビアンカがそばにいてくれれば良かったのに」
「だめですよ。王家のイベントに獣人なんかが出て行ったら、大騒ぎになってしまいます」
うん、まあ、そうよね。特に高位貴族の間では、やっぱり獣人を忌避する人たちが多数いるのは事実。余計なもめごと起こしちゃいけないよね。末席であってもこの式にビアンカが出られることさえ、結構画期的なことみたいだったから。強く運動してくださったクリストフ父様には、感謝しかないわ。
「大丈夫です、お姉さんは私の大事な聖女様ですもの。立派に王太子殿下とマーレ様の門出を祝って差し上げられます、ほら、元気出しましょう?」
そう言いながら私の手を自分の頬にぎゅっと押し付けて、エメラルドの瞳でまっすぐ私を見つめてくるビアンカ。何だか四つも年下なのに、彼女の方がお姉さんみたいだよね。そんなことを思ったらついくすっと笑ってしまう。
「ふふっ、緊張はとれたようですねお姉さん。私は後ろの席で見守っていますから、頑張ってくださいね!」
鈴を転がすような声でそう言いおいて、彼女は小走りで去っていった。でも、何だか気分が軽くなったよ。ありがとうビアンカ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
大聖堂に、白一色のまばゆい衣装を着けた男女が、パイプオルガンの重厚な響きと共にゆっくりと入場してくる。王太子ルートヴィヒ殿下と、ハイデルベルグ侯爵令嬢アマーリエ……マーレ姉様だ。
姉様はプリンセスラインのドレス、ふわんと広がるスカートがとっても綺麗なのだけれど、肩が大胆に露出するデザイン……寒くないのかなとか考えちゃう私は、やっぱりお子様だ。とってもお似合いだよね、って言うかマーレ姉様は上背があって手足も長いから、何でも着こなせちゃうからね。
だけど、祭壇に臨んだマーレ姉様は、珍しくガチガチになっている。白い手袋が細かく震えているのが初心そうで、年上なのにとっても可愛らしい。緊張してるのは私だけじゃなかったってのがわかって、何か嬉しくなってしまった。シナリオにはないけど思わず姉様の手を取って、私の薄い胸にぎゅっと押し付ける。
「ほら、私もドキドキしていますよ。ね、このような荘厳な場で、アガってしまうのは当たり前なのです。大丈夫、姉様は立派な王妃様、そしてやがては国母になられます、堂々としておられればよいのです。一緒に、頑張りましょう?」
青白かったマーレ姉様の頬に血色がさして、口角がきゅっと上がった。さっきまで緊張しきってた私が偉そうなことを言うのもどうなのかと思うけど、効果があったんだから、いいよね。
私は一回深呼吸して、婚姻の誓約を始める。
「神のしもべにして、ハイデルベルグ侯爵令嬢アマーリエよ。汝は隣に在る王太子ルートヴィヒを伴侶とし、その生涯終わるときまで苦楽を共にし、慈しみ合い励まし合い貞節を守ることに同意しますか。そして、夫と同様にバイエルンの国民を愛し慈しみ、これに尽くすことに同意しますか?」
そうだよね、次代の王妃様なんだもの。旦那様と仲良くやればそれで良しって訳にはいかないよね。この国全体に責任があるんだ……私だったらそんなのごめんこうむりたいけど、マーレ姉様なら、できるよね。
「はい、同意します」
伏し目気味だった視線を上げて、きっぱりと宣言する姉様は、騎士様として初めて会った時のように、カッコ良かった。
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