第247話 採用面接

 何だかとっても重いおまけ仕事をもらってしまった気がするけれど、本業の方でも王都にいるうちにやらないきゃいけないことが一杯だ。


 私は連日王宮で、シュトローブルやハルシュタットに派遣される官吏の面接をしている。


 あんな辺境、かつ危ない領地への赴任を希望する文官さんなんかほとんどいるまいと思っていた私だけれど、予想は嬉しい方向に外れた。何でこんなに人気なんだろうと首をかしげる私だけれど、面接でお話を聞いているうちにようやく理解できてきた。


 まず、どちらの領地も、行政府の上層部が不正に関わって大規模に粛清されたことが知れ渡っている。それは、年配者が上に詰まっていて有能であろうとなかなか上級職のポストが開かない王都より、出世のチャンスがあるってこと。なので、暫時の応援勤務ということでなく、恒久的な転籍を希望する人も多くて、私たちとしても本気で選考しないといけないわけなの。


「若手の官僚は数が揃いそうだな。問題はハルシュタット子爵領を任せる代官だな」


「こればっかりは、平民の若手とは行きませんものね。これまでの希望者も、いまいちでしたし……」


 面接をお手伝い頂いているハインリヒ兄様と言葉を交わす私。今日は代官候補の方一名、文官志望の方五名を選考する予定なのだ。


 文官さんは、やる気と実務能力があればあとの条件は多少どうだっていいのだけれど、代官さんはそうはいかない。曲がりなりにも領のトップに君臨するのだ、政治軍事の処理能力だけでは、だめなのだ。領民や官僚たち、そして防衛隊も含めて、ある程度みんなを納得させるだけの身分や、貫禄がないといけないの。


「今日は、父上イチ押しの人物というから、この辺で決めたいが……」


 そして現れたのは五十代半ば、優し気な風貌で、ロマンスグレーのおじ様だった。


「初めまして、私はノルトハウゼン子爵家当主の叔父にあたります、ホルストと申す者です。名高き聖女様にお目にかかれる機会を頂き、光栄でございます」


 傲岸でも卑屈でもなく、礼儀正しいけれど堂々とした挨拶。領地経営について次々と質問したけれど、独創性はないけど堅実で的確な受け答えを、穏やかなトーンでなめらかに紡ぎ出されるの。期待していた以上に即戦力になる方みたい……こんな方がどうしてハルシュタットみたいな辺境に来てくださろうとしているのかしら?


「当主である弟が王都に居りましたので、私が領地経営を任されていたのです。昨年弟が当主の地位を息子に譲り領地に引っ込みましたので、失業した次第ですな。まだ数年は働きたいと思っていますが、私がいては弟もやりづらかろうと存じまして」


 なるほど。これは逃がしてはいけない人物のようね。ハインリヒ兄様の方をちらっと見ると、小さくうなずいてくれる。なら、最後の質問だ……絶対に譲れない条件があるからね。


「ホルスト様。立派なご見識に感服いたしましたわ。最後にひとつお伺いします。獣人について、どのようなお考えをお持ちですの?」


 そう、ここだけは、必ず確認しないといけないの。人間にも獣人にも公平な社会……国レベルでは無理でも、せめて私の影響の及ぶ領地では、出来る限りそれに近づけたいから。


「ああ、獣人ですな。私にとっては、欠くべからざる仕事上のパートナーではあるのですが……」


「何か、言いにくいことでも?」


「実は、ノルトハウゼン領を私が経営していた際には、館の執事、会計係、副メイド長に獣人が就いておりましてな。しかし統治を引き継いだ弟は大の獣人嫌い、彼らは遠からずクビになりそうで。行く先を世話してやらねばならんのですが……」


 こ、これは。すっくと立ち上がった私は、ホルスト様に駆け寄り、その手をがしっと取った。


「ホルスト様、採用です、ぜひいらして下さいっ! そして、執事さんたちもハルシュタットに来ていただけると、もっと嬉しいです!」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ホルストさんの言葉に感激して、代官採用を即決しちゃった私。急ぎすぎちゃったかもしれないけど、領地の重要ポストにあれだけ獣人を配している方なら、柔軟で能力主義の考えをお持ちのはず。きっと、我が領地でも力を発揮してくれるわ。


「まあ、あれ以上の人材は出てきそうもないから、良かったんじゃないか?」


 ハインリヒ兄様も太鼓判を押してくれたみたい、とりあえず懸案は一つ片付いたわね。


「あとは、若手の文官さんですね」


「もう五人ほど内定しているから、あと一人か二人というところかな。今日面接する中に、いい人材がいるといいのだが」


 一人目、二人目は残念ながらパスだ。家柄をひけらかすばっかりで、何のお仕事が得意なのかさっぱりわからなかったのだから。


 そして三人目は、アプリコットカラーの髪から犬耳を覗かせた、二十代後半の女性だった。これまで面接した中で、初めての獣人さんだ。


「ローザと申します。ご覧の通り獣人ですので、姓はございません。農産と交易の管理が得意で、経理もある程度できます。赴任後、王都に戻る希望はありません」


 灰色の瞳を真っすぐこっちに向けて、はきはきと簡潔な言葉で必要なアピールを過不足なく伝える彼女、うん、好感度高いわ。


「辺境での勤務を志望された動機はいかがですか?」


「獣人の身で官僚になれたこと、幸運であったとは存じておりますが……王都で獣人が高位のポストに就くことは難しいです。やはり、能力や実績以外のところで、差別とは申しませんが区別がありますので。聖女様は獣人を区別されず、お傍に多数置かれていると聞き及んでいます。聖女様のもとで働けば、いずれやり甲斐ある高い職責を目指せるのではないかと考えた次第です」


 なるほど、聖女の獣人好きは有名だから、能力さえあれば偉くなれるだろ? という大変正直な動機だ。生々しいけど率直で、いいな。


「ふむ、高い職責とは具体的に?」


「まだまだ修行を積まねばなりませんが、最終的には獣人として初の、代官ないし執政官を目指しとうございます」


 ハインリヒ兄様の突っ込みに、きっぱり答えた彼女。ずいぶん大きく出たけど……自信をもって未来を見据える視線は、とても凛々しい。ちょっと、マーレ姉様に似ているかも。


「わかりました。貴女がトップに立つ日を楽しみにしていますよ」


 彼女が大きく眼を見開いて、それから右手を胸に当て左手を横に差し出す貴族式の礼をとった。男性用の礼式だと思うのだけど……パンツスタイルのローザさんには、カーテシーよりこっちの方が似合ってるわね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る