第246話 ミーハーな兄嫁さん
その晩は、もちろんハイデルベルグ家のタウンハウスで、久しぶりの家族団らんだ。
いつもお忙しいクリストフ父様やハインリヒ兄様も夕食までに帰ってきてくれて、結婚式の準備でパニックしているはずのマーレ姉様まで王宮から下がってきている。
「ロッテっ!」「むぐぐ……」
マーレ姉様に容赦なくぎゅうぎゅう抱き締められ、呼吸困難に陥るのも、毎度のことだ。
「本当に仲がよろしいのね。ハインリヒから聞いてたとおりだわ!」
そんな感想を口にするのは、新しい家族……ハインリヒ兄様のお嫁さん。伯爵家より嫁がれてきた、コリーナ様だ。柔らかくウェーブした栗毛に、やや目尻が下がった青い眼。とっても優しそうだけどはきはきしゃべるお姉さんで、初対面から打ち解けた。結婚直前のハインリヒ兄様を何ケ月もお借りしてしまったことをお詫びしたのだけれど……。
「ハインリヒがシュトローブルに行ったおかげで『聖女シリーズ』の第四弾ができたわけよね! 私はもう、それで満足なのよ!」
予想の斜め上的な反応が返ってきて、私は苦笑するしかなかった。なんでもコリーナ様は、大衆歌劇「献身の聖女……」シリーズを大層お気に入りであるらしい。
「聖女の実物を見て、がっかりされたのでは……」
「そんなことないわっ! そりゃ歌劇の女優は派手に装っているけど、可愛いのは本物のロッテちゃんよ!」
はい、やっぱり私は女優さんに比べれば、地味子ちゃんですよね。でも、嬉しいです。
結局今日の晩餐を一番楽しみにしていたのは、ややミーハーな動機で聖女推しとなってしまったこの義姉様であったらしく、終始ハイテンション。まあ、このはきはきトークとなごみ顔のコンボ攻撃で、社交界ではさっそく聖女派スポークスマンとして後押しをして下さっていると、カタリーナ母様に聞いた……素直に感謝しておくとしよう。
「まあまあ、コリーナちゃんもそんなに興奮しないで。ロッテはまだ二週間くらい王都にいるんだからね、お茶でもお買い物でも一緒に楽しむといいわ」
母様が盛り上がっているコリーナ様を優しくなだめて下さる。
「あ、はい……つい興奮してしまいました、お恥ずかしい……」
頬をぽうっと染めるコリーナ様。可愛い……年下の私から見ても、根っからの愛されキャラだなあこの人。
「仕方ないわよね、憧れの『聖女様』だったのだもの。それはそうと、ロッテ? お食事が終わったら急ぎの用があるわよ。新しいドレスのサイズ確認をしないとね?」
「え、ドレスっ??」
「当たり前でしょロッテ? だってマーレの結婚式に出てくれるのでしょ、急いでドレスを作らないといけないわよ。まさか神官のローブで、家族席に座る気じゃないわよね? 」
「うっ。実は、そのつもりでした……」
私の返答に、マーレやカタリーナ母様だけじゃなくて、クリストフ父様たちまで、残念な視線をこっちに向けてくる。はい、非常識でした、ごめんなさい。
「はぁ~っ、本当にドレスが嫌いなのね……でも今回は諦めなさい。どうしてもローブが着たければ、ロッテが『祝福』する方に回るしかないわよ」
「はい……」
敗北を認めた私は、またコルセットの苦行に思いをはせた。もう半年やそこら楽なスタイルで過ごしてきたから、あれをやるのかと思うと、気が重い。ウエストサイズは、変わっていないと思いたいけれど……。
「む? それもいいかも知れないな」 「うん、お願いする価値があるね」
ふと気づくと、うちの男性陣がテーブルを挟んで勝手に盛り上がっている。なんだろう?
「なあロッテ、本気で王太子殿下とマーレの結婚を『祝福』する気はないか?」
え? 何をおっしゃっているの父様。ハインリヒ兄様も、うんうんとうなずいている。
「ちょっとそれは無理です! 王家の結婚式ですもの、格式というものが必要でしょう? ベネディクト枢機卿猊下にお願いしないとダメでしょう!」
「そこは陛下や殿下が望めば、大丈夫じゃないか? それにベネディクト猊下は聖職者とは思えないほど気さくな御方、かえって面白がって許して下さるのではないかな?」
必死で拒否する私に、なぜかここぞとばかり押してくるクリストフ父様。兄様はにやにやして、混乱している私の姿を楽しんでいるみたい。
「まあっ! 良く考えると、確かにいい考えだわ! ロッテは『聖女』なんだもの、王族のセレモニーを行う資格はあるわよね! これは、特別なローブを仕立てないといけないわ!」
「『献身の聖女』様が婚姻の祝福を授けるシーンなんて、想像するだけで……じゅるり」
「素敵だと思います。ロッテお姉さんの祝福、シュトローブルでも大好評ですし」
(ママ、がんばれ!)
最初は引いていた女性陣も口々に、私の逃げ道をふさぐような発言を始める。いやあの、ちょっと荷が重すぎるんですけど……そんな大変な役目やるんだったら、コルセットの方がまだましだよ。
「ねえ、ロッテ。あなたに祝福してもらえるなんて想像したこともなかったけど……もし実現したら、とっても幸せなことだと思うの。陛下や猊下がお許し下さるかどうかはわからないけど……お願い、考えてくれないかな?」
マーレが私を真っすぐに見つめて発したこの言葉が、とどめを刺した。深いため息をついた私は、ようやく観念した。
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