第207話 出撃準備
「やはり、そうでしたか……」
黙って見守っていたアルマさんが、ようやく口を開く。
「あの魔杖の威力は、尋常ではありません。人間が魔力を込めてつくるとすれば、軍の魔法兵などではとても……王宮筆頭魔法使いでもおそらく難しいのではないか、というくらいのモノです。ですが、吟遊詩人にまでその力を唄われた名高き賢者ディートハルト様ならば、それが出来るのではないかと。賢者様は何か脅迫を受けて、魔道具に魔力を付与する作業を強制されているものと思われます」
その言葉に、アベルさんも小さくうなずく。あまりに重い推理に、一同口をつぐむ。
「な、なぜ……お父さんが」
重い沈黙を破ったのは、ビアンカだった。
彼女の疑問はもっともなこと。賢者とうたわれた大魔法使いであったディートハルト様が、なぜ抵抗もせず逃げ出しもせず、唯々諾々と不仲である義弟の命に従って、魔道具のエネルギー補充なんていう下働きをさせられているのか。彼の力をもってすれば鉄鎖であろうと石扉であろうと、玩具のようにこじ開けるであろうはずなのに。
でも……私にはその理由が、およそ推測が付いている。それをビアンカに告げるのは残酷な気がするけれど、その役目は私が果たさないと、いけないわよね。
「たぶん、になるのだけど……お父さんは、ビアンカの安全を盾に、無理やり従わされているのだと思う。言うことを聞かないとビアンカを傷つけるとか、奴隷に売るとか……」
アルマさんたちがうなずく。そう、賢者を力で抑えるなんて無理だけど、こんなに愛らしい娘をネタに脅せば、若いお父さんならみんな屈服してしまうだろう。ましてや二度と会えないであろう美しい妻に、娘を立派に育て幸せにすると約束した、ディートハルト様であれば。
「私のせい……なの?」
「そんな風に考えちゃダメよビアンカ。だけどビアンカが顔を見せてあげない限り、お父さんは逃げないだろうね。だからお父さんを、助けに行こう?」
瞬く間にビアンカの双眸から透明な雫があふれ出す。
「ロッテ……お姉さん、一緒に……行ってくれるのですか?」
「うん。家族、みんなで行こう。隣の領まで、遠足だよ!」
「は……はいっ!」
そう言うなり、私の胸に飛び込んでくるビアンカ。彼女をぎゅうっと抱きしめて、私もなぜだか、泣いてしまったのだけれど。
◇◇◇◇◇◇◇◇
お父さんを奪還しようと勇ましく言ったものの、隣接領主の本拠地に踏み込もうというのだ。下手を打ったら内戦になってしまう。私はアルノルトさんと相談した上で、王都のクリストフ父様、そしてマーレ姉様と王太子殿下に宛てて、事情を説明した書状を送った。使わなかった方の魔杖サンプルも添えて。
王都から返信がくるまでの半月ちょっとは、焦りとの戦いだった。こうしているうちにも、ビアンカのお父さんが酷い目に遭っていないだろうか、ひょっとして最悪のことになったりしないのだろうかと。
きっと周りの人たちにも、私のそわそわ感が伝わってしまっていたのだろう。そんな私をたしなめてくれたのは、ヴィオラさん。
「これまで生きていてくれたのよ。今更十数年が十数年プラス一週間になったところで、ディートハルトの安否は変わるものじゃない。落ち着きなさい、ロッテちゃんは、指揮官なんだから」
本当は一番飛んで行きたいであろうヴィオラさんにこう言われては、恥じ入るしかない。うん、そうだよね、ここは毅然といかなきゃ。
ビアンカも心配しているはずなのだけれど、感情を殺すのに慣れた彼女はいつもと変わらず、昼は優秀な秘書、夜もまた気のまわる侍女として、忙しく立ち回っている。気をまぎらわすために、わざと忙しくしている気もするけども。
そして、結局私が書状を出してから二十日後、ようやっと返事が来た。書面ではなく、直接口伝えで。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ローゼンハイム伯爵様! わざわざおいでになられましたの?」
驚いた。国軍の筆頭将軍である伯爵様が、伝言のために直接訪ねて来られるなんて。
「めったな者には託せないのでね、私が来たわけだが……そんなことよりも、聖女様の騎士として働く機会を、逃すわけにはいかないからね」
ティアナ様と同じ緑色の眼でそんなことをちょっとおどけた調子でおっしゃる伯爵様。それに……えっ? 「働く」って、どういうこと?
「うむ、私も聖女を助けて任務を果たすよう、王太子殿下に命じられたのでな」
「任務、ですって?」
私の疑問形に、伯爵様が背筋を伸ばし、謹直な調子で口を開く。
「王太子殿下の御諚である、謹んで聞かれよ」
私も態度を改め、深いカーテシーをとって勅令……ではなく王太子令を受ける。
「禁制の魔道具を密造し国を乱す者たちに商いしこと、またバイエルンの至宝たる賢者ディートハルトを不当に監禁せしめたこと、ハルシュタット子爵家の悪業は、ローゼンハイム伯らの調査により濃厚となった。シュトローブル総督たるハイデルベルグ侯爵令嬢シャルロッテよ、遣わしたローゼンハイム伯と協力し子爵家の陰謀を明らかにせよ」
「謹んで……承りました」
うわあ、これは期待以上のご命令を頂けたというわけね。こっそりディートハルト様を助け出すのは至難だけれど、この王太子令があれば、子爵の兵が守る拠点に、直接乗り込む名目ができる。まあ乗り込んでも、戦うのは私じゃないわけだけど。
そして、最強の将軍ローゼンハイム伯爵様が、一緒に行って下さるというのだ。ティアナ様をお救いする時に一緒に戦ったけれど、本当に強かったもんね。
よし、準備は整った。私は傍らで期待と不安にエメラルドの瞳を揺らめかしているビアンカに向かって、元気に告げた。
「さあ行くわよ、ビアンカっ!」
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