第206話 ディートハルト様の魔道具

 アルマさんが説明を始める。話すのはアルマさんで、アベルさんはその間相手をじっと観察する、そういう役割分担をしているようだ。


「行商を装ってハルシュタット領でいろいろ聞き込みをしたのですが、隠棲していたディートハルト様が帰ってきたと言うものはありませんでした」


「本当に帰ってきていない可能性も、あるわよね?」


「そうですね。しかし、十数年前を知る住民の中には、口では知らないと言いつつも一瞬恐怖の感情を隠せない者が幾人もおりました」


 なるほど、アベルさんが住民の反応を読んで、そのへんの虚実を見抜いていくわけだ。さすがに優秀なペアね。


「知っているけど、しゃべらないよう脅されていると?」


「ええ、ほぼ疑いなく。そこで、私たちは対象を領主一家に変え、ハルシュタット家についていろいろ調べました、こっちはみんなそれなりにしゃべってくれました」


 当主はディートハルト様と腹違いの弟にあたる方。領民に対しては酷薄で吝嗇で評判がよくなかった当主一家だったのだけれど、十年ちょっと前からやたらに羽振りが良くなったという。王都から取り寄せたファッションで身を飾ったり、高級な食材が毎週領主館に運び込まれているということなのだ。


「ディートハルト様がいなくなられたのと同じ頃からカネ回りが良くなったわけですか。何があったのでしょう?」


「そこがポイントですので、慎重に調べました。さすがにガードが固く、なかなか手掛かりは得られませんでしたが……」


 そう言いつつアルマさんが取り出したのは、二本の木棒。男性の指くらいの太さで、一つは二の腕くらいの長さ、もう一つは指くらいの長さだ。


「子爵家はこんなものを製造して、密かに売っているようなのです」


「これは、何なのでしょうか?」


「火球の魔杖です」


「ええっ? こんなに小さい魔杖? 魔石もついてないですよ?」


 確かにそういう魔道具は、私も知っている。攻撃魔法が使えない人が旅する時とかに、護身用のお守りみたいにして持っていくんだ。ターゲットに杖を向けて念じれば、一発だけ火球の魔法が撃てるというやつで、お値段も超お高かったはず。ただ、私の知っている魔杖はもっと長くて、付け根におっきな魔石がエネルギー源として取り付けられていた。灯りや煮炊きの魔道具だったら魔力の強い私のような人間がエネルギー充填することができるのだけど、消費のデカい攻撃魔法は、優秀な魔法使いが数人寄ってたかってようやく一発分をチャージできるかどうか。


「ええ、信じられないのですが、確かに火球を発する能力があるようです。長い方は三回、短い方は一回発動できるそうです」


「魔石が付いていないということは……」


「はい、火球に必要となる膨大な魔力を杖に込める力をもつ魔法使いが、子爵領に滞在していると言うことです」


 ふうむ。それにしてもこんな短い棒から、殺傷能力のある火球が出せるなんて、本当かな。これは、試してみないとね。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 魔杖の能力を確かめるために、私たちは街の東に広がる湖のほとりで、試運転をしてみることにした。高価な魔道具だけど、サンプル価格で手に入れたという代金は、国軍持ちみたいだから、一発くらい無駄遣いしたって、いいよね。


「これを、相手に向けて……」


 私は短い「一発用の」魔杖を握り込む。本当に手の中に隠れちゃうのね。こんなのから本当に火球を出せたら、格好の暗殺道具になっちゃうな。


「火球!」


 発動には念じればいいだけ、別に声に出す必要はないのだけれど、何となく形から入る感じで、短く唱えてみる。まあ、威力は期待しないんだけど。


 次の瞬間、ごぉっという低いうなりが上がったかと思ったら、目の前がいきなり真っ赤に染まった。


 魔杖を握った私の手から、ビアンカの背丈くらいの直径がある、超大きな火の玉が発現……いや飛び出した。熱くて、眩しくて、思わず眼をそむけてしまう。それは赤い尾を引いて飛び、十馬身くらい先の湖面に着水すると、派手に水蒸気を噴き上げ、あたりはまるで霧のように白く煙って、視界がすっかり失われた。


「うわぁ、本物だったんだ。それもこの威力って……」


「すごいね。だけどこんな危ないもの、売っていいのかい?」


「ここまで強力になると、ダメでしょうね。間違いなく禁制品になるはず……軍事用に国が買ってくれるかどうかね」


 火竜の血を引くだけあってまったく火球にびびっていないカミルの疑問に、クララが驚いた表情をしながらもクールに答える。さすが私の家族たちだわ、いろんなヤバいことを経験しすぎて、ちょっとやそっとじゃ、動じなくなっている。


 だけど、一番動揺していたのは、本来一番度胸があるはずの、ヴィオラさんだった。いや、彼女は火球の威力に驚いていたのではなかった。ヴィオラさんは私の持っている使用済みガラクタになり果てた魔杖を奪い取るように掴むと、それをひしと胸に抱き締め、いきなりそのはしばみ色の眼から、涙をあふれさせた。


「ディート、ハルトっ……」


「ええっ?」


「これは……ディートハルトの魔力。毎日私が受け取っていた、あの優しい魔力……絶対間違いない、彼が、魔道具に魔力を込めているのよ!」

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