第202話 シュトローブル本店?

 私の視線の先には、頭の上に可愛い斑点耳をのっけた凛々しい系の美女……私が疫病を治療した、雪豹獣人のペトラさんがいる。そう、彼女なら孤立していた獣人村と外部との交易を一手に引き受けていたわけだし、つまり営業も経理もできるはず。それに確か大陸公用語だけじゃなくアルテラ語も堪能なはずだ。私の求める人材にぴったりだと思うの。


 でも、今のペトラさんは鍬で一生懸命畑をならしている。あまり慣れていない作業みたいで、少し辛そうだ。


「あの……ペトラさん、少しいいでしょうか?」


「ああ、ロッテちゃん。うん、ちょっとくたびれたところで、一休みするわ。慣れない仕事って、疲れるのよね。お話は、なあに?」


「ペトラさんに合っていそうなお仕事を、する気はありませんか?」


「何それっ?」


 疲れたって言ってる割には、すごい勢いで食いついて来られてしまった。うん、ペトラさんも自分に開墾仕事が合ってないって、思ってるんだな。


 そんなわけで、ペトラさんに私のアイデアを話してみた。妖魔の石像をネタとして村に観光客を呼びたいこと、お土産販売や食事、宿泊などサービスでおカネを取れるようにして、その経理を任せたいこと。そして王都で営業してくれるリンツ商会のグスタフ様との窓口をやってほしいこと。最初はもちろん観光客の接客指導もお願いしたいこと……なにしろ獣人村は長い間孤立していたのだ、ペトラさん以外の人は、村外の人間なんか見たら、固まっちゃうだろうし。


「なるほど……ルーカス村みたいに『聖女が祝福した村』ってことを売りにするわけね。うん、だったら私がやるしかないわね。大丈夫、商談や経理なら任せといて。観光客の相手だって問題なくできるわ、アルテラ語とフェニキア語は話せるから、この辺に来る人ならほぼ会話が通じるはずよ」


 驚いた。東から珍しい品を運んでくる商人が話すフェニキア語まで、しゃべれるんだ。確かに貿易をするなら、必須なのだけれど。


「まあ、一人で交易をやってたからね。知らない出来ないじゃ済まないの。必死で覚えたんだから」


 ああ、やっぱり凛々しい、かっこいい。少し目尻があがったきりりとした容貌が、何か目指すべきものを得て輝いている。ちょっと惚れてしまいそうだ……おっと、ペトラさんは女の子が好きな女の子だった、そんなこと思っちゃったら危険危険。


 そんなわけで善は急げだ。若き村長のフェレンツさんに話を通して快諾をもらったので、開拓作業と併せて観光客用のコテージなんかを作ってもらうお願いなどしたりね。宿泊客への接客については、クララを派遣しないといけないかな。ルーカス村の宿はそろそろ落ち着いたから、ちょっと忙しいけどこっちの面倒も見てもらおう、うん。


(今日はママとずっと一緒って思ってたのに、ママはお仕事ばっかり!)


 あらら、何やらルルがスネている。


「ごめんごめん。ルルが頑張ってくれたから、新しいお仕事ができるようになったんだよ。ありがとルル」


 そう言ってのどのあたりの羽毛をこちょこちょしてあげると、ルルは気持ちよさそうに眼を閉じる。


「また新しいことを思いついたんだね、眼が輝いてる。そういうときのロッテは、とっても素敵だよ」


 不意にそう甘い声をかけられてびっくりしながら振り返ると、そこには人型のヴィクトルが優しげな眼で私を見つめていた。何というか、こういうストレートな好意を昼間っから向けられると、恥ずかし過ぎる。いや、夜だったらいいっていうわけじゃあ、ないのだけれど。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 まあ、こういうことは、思い立ったら吉日だ。今日はのんびり獣人村で過ごすつもりだったけど、予定変更ね。


 さっさとペトラさんを連れてシュトローブルに戻って、最近できたリンツ商会の支店に飛び込む。そうそう、このお店って支店だっていうのに、やたらと大きいのよね。まるで貴族のお屋敷みたいなすっごい豪壮な建屋なの。グスタフ様がシュトローブルを気に入ってくれたということなら、嬉しいのだけれど。


 ノーアポで飛び込んだのに、グスタフ様は支店にいらっしゃって、すぐに話を聞いてくれた。即決で獣人村の観光開発に賛成して下さって、ペトラさんに必要となる施設をアドバイス、準備期間を確認した上で王都での宣伝を始めて頂けることになったの。うん、とっても順調ね。


「今日はグスタフ様がいらっしゃって幸運でしたわ。でも、最近いつもシュトローブルにいらっしゃる気がしますけど、会頭様なのですから本店にお戻りにならなくて、よろしいのですか?」


 リンツ商会の本拠地は、もちろん王都だ。出来立ての支店が気になるのもわからなくはないけど、ずっとここにいらっしゃるのを見ると、心配になっちゃうのよね。


「ああ、基本的に私が本店にいないと、何かとマズいですなあ」


「でしたら……」


「だから、ずっとここにいるわけですが」


「はぁっ?」


「我が商会は、二週間前に本店をシュトローブルへ移したのですよ。ですから、ここが本拠地なのです」


 うそっ! やけに立派な支店だと思ってたら……こんな辺境の、しかもいつアルテラが攻め込んで来るかもしれない街を本拠地にしてくれるっていうの?


「それが本当ならとても嬉しいのですが……シュトローブルが本拠では、何かとご商売がやりづらいのでは?」


「ここを本拠にして儲ける算段も、もちろんあるのですよ。しかし、私が聖女様にほれ込んだからという理由では、いけませんかな?」


「い、いえ、とっても、嬉しい……です」


 うわあ。バイエルンで五指に入る大商会が、ここシュトローブルに来てくれるなんて夢のようだ。何が気に入ってもらえたのかは、まだわかんないのだけど。


「では、末永く、よろしくお願いいたしたいですな」


 グスタフさんがそう結んだとたん、真新しい応接室のドアが悲鳴を上げ、若い商会員が飛びこんできた。グスタフさんの眉がぴくっと動いて厳しい眼になる。


「大事なお客様がいらしているのだ、後にしなさい!」


「そ、それは承知しておりますが、大ニュースなのです!」


 ん? 大ニュースって、なんだろう?


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