第201話 獣人村開拓!
何やかやバタバタしているうちに、一ケ月半が経った。
代理総督として来ていたハインリヒ兄様は、私がアルテラから予定より早く帰ってきた後も、政治向きの仕事に不慣れな私のフォローをしばらくは続けて下さっていたけれど、本当言えば財務省高官のポストがお口を開けて待っているスーパーエリート様なのだ。名残り惜しそうな風情で、王都に帰ってゆかれた。
兄様を四ケ月も辺境にお借りしたのだから、婚約者の伯爵令嬢様には素敵なお土産を……と思ったのだけれど、残念ながらこんな田舎町には貴族の方が喜ぶようなコレといったものがない。結局、ヴィオラさんの一族からもらったたくさんの魔石の中から、澄み切った青に輝く特大のやつを一個、兄様に持って帰って頂いた。あれならいくつかに割って、素敵なアクセサリーが二揃いくらい、作れるだろう。
デブレツェンの森から引っ越してきたサーベルタイガーさんたちは、あれからまったく人里に姿を現さない。まあ、シュトローブルの住民はサーベルタイガーなんか見慣れてないから、突然村にのっそり現れたら腰を抜かしてしまうでしょうね。彼らも、人間のテリトリーを侵さないように気を使ってくれているみたい。休日になるとビアンカが獣化してヴィオラさんに会いに出かけるので、その前には一日中虎の姿でいられるくらいたっぷりの魔力をあげるんだ。もちろん、お口からチャージということになるのだけれど。
ビアンカを通じて聞いたお話になるのだけれど、ヴィオラさんの一族は、国境地帯の森をいたく気に入ってくれたらしい。もともと上位魔獣の住んでいない森だったから、妖魔も獣もいっぱいいて狩り放題である上に、人間たちも入ってこない。まさに彼らにとって楽園だったようなの。この移住を迷わず即決した族長ヴィオラさんの株も上がりまくりのようで、とっても嬉しいわ。
そしてもう一方のお引越し組、獣人さんたちの開拓村建設もかなり順調みたいだ。さすがは身体能力に優れた獣人さんたちだ、ものすごいスピードで森を切り拓き水路を導いて、耕地はじゃんじゃん拡がっている。
とはいえ二千以上の獣人さんたちを、私が是非にとお勧めして連れてきてしまったのだ。なじんでくれているかどうかは、非常に気になる。そんなわけで二週間にいっぺんくらいは休日を使って、開拓村を訪れる私なのだ。
「こんにちは、ジェシカさん!」
「あ、聖女様っ!」
私の手を両手でぎゅっと握り込んで、碧い眼で熱く見つめてくるジェシカさん。その手はかつて焼けただれていたことなど嘘のように、白くてすべすべだ。歓迎してくれるのは嬉しいけど、いきなり聖女呼びはちょっと引いてしまう。名前で呼んでくれれば、もう一歩打ち解けられるんだけどな。
「畑も、ここ二週間くらいで随分広がりましたね」
「ええ、間もなく小麦の種まきですから、それまでに出来る限りの畑をって、フェレンツ兄さんが村人たちに気合を入れていて」
「無理しないで欲しいんですけど……」
「でも、私たちの畑で作った小麦に、『聖女印』を付けて頂けるって聞きました! そんなこと知っちゃったら、頑張らないではいられないですよね?」
う~ん、それだけで、張り切る理由になるんだろうか。まあ、割増しで引き取るって約束してるから、それでファイトが湧いてるのかな。
それにしてもすごい。私がぼぅっと見ている間に、屈強な熊獣人さんの斧で二本三本と木が伐り倒されていく。その手前では猪獣人さんが力強く切り株を掘り起こし、狐獣人さんが農耕牛を操って地面を耕していく。恐らく、同じ人数の人間たちと比べたら、開墾の速度は三倍くらいになっているんじゃないかな。これなら三年とかからずして、立派な開拓村ができるだろう。うん、この人たちをスカウトしてきた自分を、褒めてあげたいわ。
そして、耕された土地の周りに、ヴィクトルとカミルが妖魔の石像を並べているところだ。何だかんだでもう百体近くの石像が手に入ったみたいだけれど、私は平日忙しくて全く手伝えていない。ごめん、ヴィクトル。
(ママっ! 今朝はオークメイジを捕まえたよっ! 褒めて!)
そんな弾む念話とともに矢のようなスピードですっ飛んできて、私の胸で軽くワンバウンドしてから、左肩に止まる器用な子は、もちろんルルだ。
「いい子ね。だけど魔法を使う敵には注意しないと危ないよ?」
(うん、だからヴィクトルにくっついてるよっ!)
そうだった。ヴィクトルの佩く魔剣グルヴェイグは、攻撃魔法の一発や二発なら、吸収無効化してしまうのだ。たとえレイモンド姉様の「雷光」クラスであっても。
「ルルは賢いわね。その調子で、守ってもらうのよ」
(任せてっ! もう二百体くらい石像が欲しいって、ジェシカお姉ちゃんが言ってたからねっ!)
都合三百体以上か……それは壮観な眺めになるだろうな。ルーカス村の観光化はグスタフ様にお任せしたけれど、石像がそんなに揃うなら、獣人村にも観光客が呼べるわ。この村にも現金収入は必要だもの。あちらを富裕層向け、こちらを一般向けとか、そんな感じで。
うん、いいアイデアのような気がする。コーディネートはグスタフ様にお願いするとして、この村で観光産業の代表をやってくれる人が必要ね。あちこちに営業できて、おカネの勘定ができて、できれば外国語ができるといいな。ビアンカならできそうだけど、私のお仕事はもう彼女なしでは一日も回らないし、貸し出すわけにはいかないからなあ。いい人いないかな?
あ、ちょうどあそこにいるじゃないの、適任者が。
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