第200話 聖女印
アルノルトさんが説明してくれた。私たちがアルテラへ旅立ったすぐ後に、貿易関税が減る分の増収策をいろいろ考えたのだそうなの。私の思い付きで、みんなにいろいろ苦労を掛けてしまったらしい、反省。そのアイデアの一つが「聖女印」の製品ということなのだ。
「ほら、とりあえず王都では貴族も庶民も『聖女』の評判でもちきりで。この波に乗らないわけにはいかないじゃないですか。コレという産物に『聖女印』を付ければ、悪くて三割、良ければ五割り増しの価格で売れるはずと」
「そういうものなの?」
「人の心理というのは、そういうものです」
澄まして答えるアルノルトさん。何だか悔しいかも。
「それで、商品は売れてるのですか?」
「まあ、最初はお試しということで、ルーカス村の産品だけに『聖女印』を付けることにしたんですよ。ほら、あそこの畑や放牧地には、聖女の祝福がかかっていますからね」
何その「祝福」って? 意味わかんない……というわけじゃないか。私が妖魔の石像を並べて鳥や獣の害を防いだわけだから、世間から見ればあれも「聖女の祝福」といえば、そうなっちゃうか。
「ルーカスのような小さい村の生産力から、村で消費する分を除いたらそれほど「聖女印」は多く流通させられませんでした。だけど逆にそれが王都の人たちには希少価値を感じさせることになったみたいで……相場の三倍価格をふっかけているのですが、もう入荷する先から飛ぶように売れてしまって」
どひゃあ、そうなっちゃうんだ。まあ、いろいろやらかしちゃったからね。
おそらく王都の「聖女」人気は、カタリーナ母様の発案である大衆劇団興行によるところが大きいのだろう。第一弾公演の「奇跡の令嬢と、献身の聖女」がことのほかウケたので、続編をぜひと劇団側からせがまれ、母様とマーレ姉様がストーリーを提供した第二弾「献身の聖女は巨悪を暴く」が二ケ月ほど前に封切られた。連日満員御礼であるらしく、第三弾はまだかと劇団に詰め寄られている母様が、アルテラで私たちがやらかした冒険話をたっぷり搾り取ってお帰りになった。きっとまた二ケ月もすると第三弾の脚本ができ上がるのだろう。公開羞恥プレイではあるけれど、これがシュトローブル総督府の収入向上に寄与しているならば、甘受しなければならないだろう、うん。
大衆劇の主要登場人物でもあるアルノルトさんが、淡々と話を続ける。
「そういうわけでアイデアは良かったのですが、商品の準備や王都への輸送、そして小売りへの分配なんかが面倒で、地方にいる我々ではとても手が回り切りません。なので、『聖女印』製品の展開に関してはリンツ商会にすべてお任せをしているというわけです」
「そうなのですよ。『聖女印』は我が商会にとって将来有望な期待の商材ですからな、シュトローブル総督府様とはうまくやっていきたいものです」
そうか、グスタフ様は「聖女印」製品の面倒も見てくださっているんだ。だったら、私たちのおうちをセレブ向けホテルに提供するくらいの便宜は、はかって差し上げないといけないわね。
「承知いたしました、ルーカス村の観光開発については、グスタフ様のご意向に従いますわ。村人たちの平安を乱さぬ程度でしたら、思う通りやっていただいて結構です。細かい契約条件などは、アルノルトと詰めて下されば」
そう、契約のめんどくさい文言なんかは、私に見せられたってわかんないからね。得意な人に丸投げってのが、やっぱり平和だよね。
「信頼してくださったということですな、ありがとうございます。我が商会挙げ、誠意をもってお付き合いさせて頂きますぞ。そこで、というわけではないのですが……」
え? まだあるの?
「せっかくの『聖女印』、商品をもっと増やせないかと思いましてな。ルーカス村の余剰品だけということになると量に限りがあり、高く売れても商売としてはちょっと……」
うん、グスタフ様のおっしゃることはわかる。だけど「聖女の祝福」を売りにするんだったら、ルーカス村以外で採れたものを混ぜたりするのは、インチキだよね。
その時浮かんだ思い付きを、ふと口にしてみる。
「余剰分を売るのではなくて、ルーカス村でとれたもの全部を『聖女印』にしてしまえばいいのでは?」
「ルーカス村の住民が主食として七割くらいを消費してしまいますよ」
私の言葉に、アルノルトさんが不審の眼を向けてくる。まあ、そうよね。
「ですから、ルーカス村の小麦を全部総督府で引き取った上で、他の村で収穫した小麦を二割増しの量で、村に返すのです。そうすれば村で食べるにも困りませんし、村にも領にも、そしてグスタフ様にも利益が出るのではありませんか?」
「それは……ありかもしませんね」
アルノルトさんは認めてくれたみたいだな。それだけじゃないよ、もう一つアイデアがあるんだから。
「そして、ルーカス村に加えて、開拓を始めた獣人の村で今後とれる作物も『聖女印』と呼べるんじゃないかと思います。まだ数は少ないけれど、あの村にもルルが石化させた妖魔像を置き始めていますからね」
「なんと? 聖女殿は総督府の業務でお忙しいのでは?」
「ええ、現在の私は直接妖魔を捕らえに行くことはできません。ですが私の指示で、私の家族たちがルルを連れて妖魔の石像を少しづつ集めてくれているのです。これだったら私が『祝福』したって言っても、いいですよね?」
そうなのだ。アルテラから移民してきた獣人さんたちの村では、まだ作付け面積は小さいけれど、最初の栽培が始まっている。出来るだけ鳥なんかの害を減らしたいから、手の空いている家族に、ルルを連れて鳥よけ獣よけのために妖魔像を確保してもらっているのだ。だから、今日はヴィクトルとカミル、そしてルルがこの部屋にいないわけなの。
獣人村の麦も「聖女印」として割り増しで交換してあげることができれば、厳しい移民初年度の食糧事情も、少しは楽になるんじゃないかな。もちろん飢えないように援助はするけれど、獣人さん達だって可能な限り自分の稼ぎで食べていきたいはずだし。
「なるほど……もちろん聖女殿が『祝福した』とおっしゃるならば、それは『聖女印』にふさわしいですな。何より供給量が増えるというのは商売上、実にありがたい。我々は全力で『聖女印』を、売ってまいりますぞ」
話を締めたグスタフ様の眼に、優しい色が浮かんだ気がした。
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