第199話 聖女の高級宿
これは、意外だった。
村の人たちが私たちのために造ってくれたあのログハウスはとっても素敵だったけれど、それは私たちがのんびり暮らすためならば、という前提つきだ。贅沢に慣れた王都の貴族たちが、あんな素朴な建物での滞在を、喜ぶだろうか。幸い、ベッドルームをたくさん造ったから、それなりの人数を泊めることはできるのだけれど。
だけど、クララはグスタフ様がおっしゃる魅力を、理解していたみたいだ。ここは、彼女に聞いてみるべきね。
「ねえクララ、あのログハウスに泊まることが、そんなに特別なの?」
「ええ。まあ、ロッテ様はご自分の価値を理解されていないようですので、説明して差し上げることが必要ですわね」
クララが呆れたようなため息をついて、その先を続けた。
「この何ケ月かの間にロッテ様がやらかしたあれやこれやのお陰で、王都の貴族たちにとって『献身の聖女』は、特別な存在なのですよ。ここで『聖女が暮らしていた家』そのものに宿泊し、『聖女が召し上がっていた食事』を摂り、『聖女が身を清めたお風呂』を味わう体験は、とても貴重なものとは、思われませんか?」
うっ。そう言われれば、王都滞在の最後の方では、なんか崇拝チックな方々がいたような気がする。そういうマニアックな方は喜ばれるかも知れない……かな。
「さすが聖女様の侍女殿、怜悧ですな。まったくその通りです、『聖女と同じ体験』の価値は、王都の富裕層にとって大きいのですよ。その上さらにこのたび、王太子殿下とその婚約者様が滞在されたという箔もついたわけで、王都でツアーを募集すれば、申し込みが殺到すること、疑いありませんね」
私と同じ体験をする価値っていうのには首をかしげざるを得ないけれど、王太子殿下がご滞在してくださったことは、よい宣伝材料になるかもね、うん。
そう、王太子殿下がわざわざ私たちの家にお泊りになったのには、多少事情がある。
あの日、お披露目パーティーは夜まで続いた。招待客の皆様は、ほとんどがシュトローブルにある隊商宿にお泊りになったけれど、王太子殿下を同じところにお泊めするわけにはいかない。悩んでいたんだけど、王太子殿下の方から事前にリクエストがあったのだ。
「ルーカス村の、聖女の暮らしていた屋敷に宿泊したい」って。
私たちの素敵なおうち……ルーカス村のログハウスは、あの妙な司令官に村から追い立てられて以来、空き家状態になっている。村長さんが気を使って荒れないようにいろいろケアしてくれていたけれど。
王太子殿下は、あえてそこに泊まりたいと仰せになったのだ。まあ、なんでだかは想像つくんだけどね。マーレ姉様が、ログハウスの素朴なたたずまい、木の香りのぷんぷんする浴室、静けさの中で眠る安らぎ、地元の素材を活かした美味しい朝食……そんな感動を、かなり大げさに王太子殿下に吹き込んだに違いないのよ。
とにかく、王太子殿下のご要望となれば、お断りする選択肢はない。クララが村の女性たちをバイトで雇い、丸三日をかけて無人だったログハウスを片付けて磨き上げ、高貴な方をお泊めしても一応恥ずかしくないところまで持ってきた。そして当日のお泊り客である、ルートヴィヒ殿下とマーレ姉様、カタリーナ母様、そしてグスタフ様へのおもてなしも、クララが直接指揮したのだ。あの日、パーティ会場にクララがいなかったのは、こっちに集中していたからなの。
正直なとこ、優美な生活に慣れている高貴な方々をご満足させられるかどうかは疑問だったのだけど、クララの準備が完璧だったこともあって、王太子殿下はご満悦だったらしい。カタリーナ母様たちは翌日には王都にお戻りになられたのだけれど、殿下とマーレ姉様はもう一日滞在されて……二日目の夜は、耳の良いクララにとっては、何かと刺激的だったそうだ。いわゆる「ゆうべは おたのしみでしたね」という状況だったみたいで。まあ、二人にとっては、新婚旅行みたいなものだったんだろうな……婚前だけど。
いずれにしろ、素朴だけどゆったりたっぷりしたおもてなしは、王都の洗練された暮らしを味わいつくしておられるカタリーナ母様をもうなずかせるものであったようで……帰路にわざわざ総督府に立ち寄ってくれて、熱い感想を下さったの。特に、あのお風呂が気に入られたようだったけどね。
「いやはや、私も恐れ多いことに王太子殿下と同宿の栄に浴したわけですが、素晴らしい体験でしたな。特にあの野趣溢れる浴室と、素朴なリビングで頂く寝酒がたまりません。聖女自ら祝福した農地で作った素材や自家製のベーコンなどをふんだんに使った朝食も、思い出に残りますなあ」
うわっ、村でとれる作物まで、聖女ブランドになるんだ。そう言って驚いて見せたら、アルノルトさんが何を言ってるんですかという風情で口をはさんだ。
「え? 総督様は知らなかったんですか。もうルーカス村の小麦とチーズは、『聖女印』の製品として、王都で評判なんですけどね?」
え~っ。また、新手の羞恥プレイですか?
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