第195話 アーレン司教様

「お姉さん、あそこにいらっしゃるローブの男性は、リーンハルト・フォン・アーレン様。東教会の司教様です」


 そうか、ついに教会の幹部様とお話ししないといけない時が来たのね。


 正直なところ東教会の方に対しては、とても腰がひけている私なのだ。そもそも彼らと敵対する西教会に育成された聖女である私の存在は、東教会にとって本来愉快なものではないだろう。はじめは「悪い西教会に追放された哀れな私を助けて!」と泣きつくつもりだったのだけど、なんだか成り行きでバイエルンでもすでに「献身の聖女!」とか祭り上げられちゃっている。教会からしてみれば「俺たちの許可もなく、勝手に聖女とか名乗りやがって!」ってなるはずよね。


 うん、仕方ない。ここは素直に、平身低頭で謝るしかないわ。


「アーレン司教様、総督に任ぜられましたシャルロッテでございます。東教会には大変失礼を致しておりまして、誠に申し訳ございません。教会のご許可もなく聖女などと……」


 さらに弁解の言葉を続けようとする私を遮って、はっとするくらい美しいお顔をした三十歳くらいのお若い司教様が、口を開いた。


「ははっ、噂通り謙虚な『聖女』だね。大丈夫、教会の幹部はみんな、シャルロッテ嬢のことを好意的に捉えているから」


「そう……なのですか?」


「そうさ。この短期間におけるアルテラへの派手な戦勝、そして華麗な王都での活躍は、国王陛下も認めている。そして貴族から庶民まで『献身の聖女』の噂をしない者はいない。そんなすばらしい聖女を、西教会はあろうことか異端として追放しているわけで……東教会としては奴らとは違うぞというのを、示したいところだからね」


 あ、そういう考え方もあるのか。私が名乗ったわけではないのだけれど、ずっと「勝手に聖女」だったから、気になっていたのよね。東教会の人たちが許してくれるんなら、とっても嬉しいな。


「あ、ありがとうございます。アーレン司教様」


「う~ん、なんだか硬いね。私はシャルロッテ嬢と仲良しになりたいと思っているんだ。どうか、リーンハルトと呼んでくれないかな」


 そんな言葉とともに微笑まれると、まれなる美形だけに破壊力が半端じゃない。アッシュブロンドのふわりとした髪を揺らしながら、澄んだヘイゼルの瞳でじっと見つめられると、なんだかどきどきしてしまう。


「はい……リーンハルト様」


 暴れかけた心臓を無理やり抑えつけながら答えると。リーンハルト様の眼が甘やかに細められ、優しげに口角が上がる。何なの、この色気……顔が紅くなるのを止められない。


「ふふふ、可愛い聖女様だな。ぜひ大人のお付き合いをお願いしたいところだが、どうもシャルロッテ嬢には、想う男がいるようだね、ここは諦めるとしよう」


 そんなことを言われて思わず、今日は警備に回っているヴィクトルを視線で探してしまう私を見て、引っかかったなとばかりに笑うリーンハルト様。私をからかって、遊んでおられるらしい。


「もうっ! リーンハルト様は、聖職者でいらっしゃるのに……」


「君の知っている西教会の聖職者はみんなお堅いんだろうけど、東教会では聖職者も結婚できるし、その気になれば愛人だって持てるのだよ。まあ、私は独身なのだが」


「そんなに大人のお色気を振りまいておられるのに、独身とは残念ですわね」


 からかわれてちょっとイラっと来た私が若干の……いや相当の皮肉をこめて突っ込めば、彼はまた破壊力満点の甘やかな笑顔で、こう返してくる。


「まあね。私がこうやって独身でいるからこそ、敬虔なご婦人の信者様たちからの後援や寄進がたっぷり頂けるというものだからね、これも教会のためになっているのさ」


 何なのよ、この不良司教様は!


◇◇◇◇◇◇◇◇


 しかし、この司教様は話し上手。ついつい会話が弾んでしまう。


「ところで、相談なのだが。ロッテは、東教会から正式に『聖女』の称号を受けてくれるつもりはないか?」


 社交の場だというのに、いつの間にか愛称呼び捨てだ。この美形様、遠慮なくぐいぐい距離を詰めてくる。まあ、それが許されるキャラなんだろうなあ。


「はい? 勝手に『聖女』と呼ばれる身ですが、教会が認定してくださると?」


「そうだ。教会の上層部も、どうせなら『話題の聖女は、東教会が認定したのである』という形をつくりたいんだ。そして、『こんな立派な聖女を異端認定した西教会はアホ揃いである』と言って、西教会の信者を切り崩したいわけだ」


 なるほど。バイエルン領土の西寄りには西教会の布教所が、かなりあるからね。東教会の幹部は私のやらかしたあれこれをテコに、それをつぶしに行こうとしているんだ。


 う~ん、教会が聖女呼びを許してくれるのはありがたいけど、気が進まないな。これ以上権力に近づいたら、念願のスローライフが完全に遠のいちゃう。それにこれ受けちゃったら、どうせまたご大層な儀式に付き合わされるんだろうし、重たい。


「ねえロッテ、面倒だな~とか思っているよね? 君が忙しいのは知ってる、だから聖都まで行かなくてもいいように、私の任地ザルツブルグの教会でできるようにはからうよ。これなら一日の旅で済む」


「はぁ……でも、今更『聖女』と認めていただくことにあまりメリットを感じないというかですね……」


 そう、今の状況を罪に問われるのは避けたかったけれど、わざわざ仰々しいあれやこれやを……頭が痛いだけなのよね。


「いやいや、すごく大きなメリットがあるだろう? 正式な『聖女』になれば、どこに行くにも、聖職者のローブ姿でよくなるんだよ。ロッテはドレスが苦手だよね、ドレス着ないで社交ができるなんて、君にとってこんないいことはないんじゃないかな?」


「うっ! 確かに……ぜひ、お願いしますっ!」


 うわっ、それには気付かなかった。それはすっごいメリットだ。今日も私を苦しめ続けているこのコルセットから逃れられるなら、ちょっとした悪魔とでも契約する、うん。


「ふふふ、じゃあ上層部に根回しして、準備進めるからね。ザルツブルグで合う日を楽しみにしているよ」


 そう言ってもう一度色気たっぷりの微笑みを投げては、上機嫌で去っていくリーンハルト様。それにしても、私がドレス嫌いと一目で見抜くとは、女性を見る眼が鋭い方なのね。


「あ~あ。お姉さん、あっさりダマされちゃいましたね……ちょろすぎます」


 これまで後ろで私の話を黙って聞いていたビアンカが、あきれたようにつぶやいた。あれ、やっぱり、これってやらかしちゃったってこと?


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