第196話 マーレ姉様の恋路

「まさかドレスを着るか着ないかで聖女になるって決めちゃうとは思ってませんでした、お姉さんって、やっぱり何というか……」


「ちょろいよね」


 ビアンカの辛辣な感想に、もっと辛辣なシンプルさで追い討ちを入れてくるカミル。いやその、自分でも即決しすぎたかなとかせめて兄様に相談すべきだったかなとか思うけど……とにかくコルセットから逃れたかったのよ。


 今日のカミルは、きちんと貴族家の少年みたいな恰好をしている。本人はいつもの狩人っぽいというか冒険者っぽいスタイルが好きみたいなのだけれど、さすがにこんなパーティにそれじゃ無理だ。やや癖のある赤毛をキチンとなでつけると、なんかキリっとして素敵に見える。もともと、すっごく綺麗な顔だからね……私がじっと見つめているのに気付いて、少し赤くなったりしているのが可愛いけど。


 ようやく挨拶回りも終盤。記憶力抜群のビアンカに頼ってここまで何とかやってこられたけれど、誰と何を話したかなんて、ろくに覚えていない。うん、忘れてもきっとビアンカが教えてくれるに違いない、そう信じよう。


 そして最後のご挨拶は、やっぱり一番高位の方……王太子様になるわけよね。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 王太子ルートヴィヒ殿下は、マーレ姉様とカタリーナ母様と三人で歓談中だった。ちょっと混ぜてもらっちゃおう。


「ああ聖女ロッテ、話したかったよ」


「はい、私も殿下にお話ししたいことがたくさん。何より、マーレ姉様をエスコートされて来られたのにびっくりして、そこをまずお伺いいたしたいですわ」


 この件についてはもう興味しんしん。男装の麗人ポジションだった姉様をまともな令嬢に変えて、こんな辺境まで連れてきた経緯ってのを、ぜひ知りたいわ。


「ふふ、聖女も女の子なんだ、そういうところから来るんだね。うん、私はマーレが好きだ、将来の王妃にしたいと思っているよ。先日ハイデルベルグ侯爵に婚約を申し込んで、正式に了承も頂いている」


 ストレートに結論を口に出す殿下を見て、マーレ姉様が頬をぱっと紅に染める。


「姉の……どういうところがお気に召したのですか?」


「そうだね。凛々しい男装でも隠しきれない美しさ……とでも言えば格好いいんだろうけど、そういうのとは違うんだ。外見だけの美人には、私は正直食傷気味だからね。私が惹かれたのは内面からあふれだす活力というのかな、どんな環境でも前を向いて進むエネルギー……そういうものさ。直属の騎士として見つめていた数年間で、彼女の明るさと強さを、十分確かめることができたからね。私を守るのが生きがいとか言ってたけれど、そろそろ私が、守ってあげたくなったということかな」


 自身への長い賛辞を一気に語る殿下の姿を見た姉様は、もはや耳まで深紅に染めて、顔を蔽っている。そうよね、母親と妹の前でこんな露骨に愛を語られるとか、どういう羞恥プレイかと思っちゃう。多分殿下も、意識して恥ずかしがらせているわよね。


「ね、マーレ姉様は、いつから……?」


「騎士としてお仕えしている間も、ずっとお慕いはしていたけれど、こんな男勝りの私では手の届かない方と思っていたの。だけど殿下が私でいいっておっしゃって……今も夢を見ているみたいなの」


 はあ、うん……もう、ごちそうさまって感じね。


「そっか、マーレ姉様が幸せそうでよかったけど……お妃教育、ゼロからでしょ? 頑張んないとね」


「うぐっ、それを言わないで……」


 たちまちしおれてしまう、姉様なのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 王太子殿下が話題を変える。


「聖女シャルロッテは社交が苦手という王都での評判だったが、どうしてどうして、立派なものじゃないか。こんなに多くの招待客の個人情報までしっかり押さえて、心をつかむ会話ができているね」


「私は人の名前を覚えるのが苦手ですので……お客様のお名前もお好きな話題も、この子の記憶に頼りきりなのです」


 私が視線を向けると、ビアンカが控えめにカーテシーの姿勢をとる。虎耳がぴこんと揺れて、とっても可愛い。


「ふうむ、虎獣人のお嬢さんが秘書というわけだね、優秀な上に、実に愛らしい娘さんだ。こういう人選もまた、聖女らしいというべきかな」


 あ、そうだよね。こんな高貴な方ばかり集まるパーティに堂々と獣人を連れ込む令嬢は、おそらく私だけだから。あいさつ回りの最中でも、幾人かから不愉快そうな視線を投げられる時はあったもの。魔獣のルルは好意的に迎えても、獣人には嫌悪を感じる、そういう思考を持つ人たちが、やっぱり多いのだわ。


「殿下は、獣人についてどう思っておられますか?」


「うん? 私にとっては人間も獣人も等しく、私の愛する王国の、民だが?」


「ありがとうございます。でも多くの人間にとって獣人は蔑むべき対象のようです。私の生まれたロワールや、アルテラに比べれば差別は緩やかですが、ここバイエルンでも差別はあります。たとえば公職についている獣人はわずかです……国の上層部が獣人差別を行っている、あるいは獣人に差別感情を持つ国内貴族の意向を忖度して、採用を抑えているのではありませんの?」


 社交の場でここまで突っ込んだことを、それも王太子殿下に向かって言うなんて、不敬極まりないとは思うけれど、口に出さずにはいられなかった。


「私は人の心までは支配できない。だから貴族や民が差別意識を持つこと自体は止められないね。だけど公職採用については君の言う通りだと思う。貴族や高位役人の『口利き』が幅を利かせ、その恩恵を得られない獣人は不利になっている……私が王になった暁には、能力主義の採用をすると約束しよう」


 私の無礼に怒りも見せず、優しい声でゆっくりと、強い決意を語る王太子殿下。本当に、立派な方なんだわ。あのマーレ姉様が、好きになっちゃうんだもんね。


「そう、それに……私の大事なマーレが、獣人大好きだから、ね」


 真剣な話をしていたのに、突然とろけるような笑顔でそんなことをおっしゃる殿下。マーレ姉様が耳まで赤くなって……私も思わず頬が熱くなった。

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