第194話 リンツ商会のグスタフ様
「ほほぅ、肩に止まっているのが話題のコカトリスですか。こうして見ると魔獣とはいえ、なかなか愛らしいものですな」
「ルルと申しますの。この通りおとなしい子ですので、ご安心ください」
今お話ししているお相手はリンツ商会のトップであるグスタフ様、ぜひ仲良くなりたい方だ。三十代後半で、いかにも働き盛りのやり手商人様って感じ。濃い色の茶髪に、私と同じようなこげ茶の瞳……目立つ容姿ではないけれど、その眼光は鋭い。
社交能力いまいちの私を助けてくれるのは、いつも通り、ルルだ。私の左肩で愛嬌を振りまいて、まずは話のとっかかりを提供してくれる。もっとも、ルルを乗っけるために私のドレスの肩部分は二重構造に強化した特別仕立てにしないといけない。彼女は気を使ってくれているんだけど、コカトリスの足爪は鋭いから、薄衣のドレスでは肩に食い込んで血まみれになっちゃうからね。
「ルルという名をつけているということは……雌のコカトリスなのですか。ここに来る前にルーカス村で妖魔の石像を見てきたのですが、大したものです。この子が全部石化したというわけですな。アルテラ襲来前は数百体の石像があったと伺っていますが、さぞかしそれは壮観だったでしょうなあ」
「そうですね。頑張って集めたのですが……大半を、あの戦役で使ってしまいましたので」
そう、大部分をアルテラ戦で解呪しちゃったから今は百体位しか残ってなくて、大事な小麦畑なんかの周りだけに限定して鳥除け妖魔除けのため並べ替えているそうなのだけど。
「いやいや、見事な眺めでした。造り物の彫像とは迫力が違うと言いますか。どうでしょうか、あれで貴族の観光客を呼ぶというのは……きちんと宣伝すれば、王都から訪れる者が、引きも切らないと思いますがな」
あら? グスタフ様も、マーレ姉様と同じようなことをおっしゃるのね。王都から来られた方々が申し合わせたように同じことを考えるんなら、勝算あるかも。辺境の村はどうしても現金収入が乏しくなるから、観光でおカネが稼げたら、うれしいわ。
「よいお考えだと存じますわ」
「おお、ご賛同いただけるなら我がリンツ商会がお役に立てますぞ、近日総督府に伺って、具体的なお話を差し上げましょう。ところで……」
グスタフ様が声を潜める。うん、これはきっと、あの話だろうな。
「輸入関税撤廃の件なのですがな……」
あ、やっぱりそうか。この話をするために、わざわざおいでになったのでしょうからね。
◇◇◇◇◇◇◇◇
それは、アルテラに旅立つ前のこと。私とハインリヒ兄様、アルノルトさん、そして罷免されず残った総督府の幹部さんたちで、当面の施政方針を話し合っていた。
「ロッテのやりたいことがあったら言ってごらん。最優先して実現させるから」
優しいハインリヒ兄様が私に話を振ってくれる。まともな貴族のお嬢様だったら「施政のことは、専門家の皆様にお任せいたします」なんだろうけど、私はこういう時に何か余計なことを言っちゃう、よくない令嬢だ。アルフォンス様とたっぷり政治のお話をしてきた影響が、やっぱり出ちゃうのよね。
「一つだけあります。東方との交易に掛ける関税を、やめてしまいましょう」
「なんと? 貿易関税は、税収の三分の一を占めるのですよ?」
「ええ。但しそれには条件をつけます。輸入品をシュトローブルの街で売れば無税として、この街を通り抜けるだけの品には今まで通りの税をかけるのです」
アルノルトさんがはっとしたような表情をして、やがて納得したようにうなずいた。幹部さんたちは腕組みをして唸っているから、恐らく反対なんだろうな。会議室に落ちた気まずい沈黙を破ったのは、ハインリヒ兄様の低いけど、よく通る素敵な声。
「総督はロッテだ。結果が良くなるか悪くなるかはわからないが……ロッテが望むのなら、すぐ実行に移すぞ」
◇◇◇◇◇◇◇◇
そんな経緯があって、東方から輸入される香辛料やお茶、コーヒーや絹といったぜいたく品に掛ける関税は、「シュトローブルで売るならば」三ケ月前から無税になっている。もちろん、そのまま王都に運ぶものからは、従来通りの税を取っている。
東方諸国の産品を陸路で運ぶルートはシュトローブル経由のものがほとんどなので、輸入にかかわる商人様たちは、結構混乱しているみたいなのだ。グスタフ様も東方貿易のプロ、私の性急なやり方に苦言を呈しに来たのだろう。
「あ、やっぱり、困っていらっしゃいますか……?」
「いやいや、税が上がったわけではないのですから、文句はないのですよ。ただ、シュトローブルで売れば関税なし、とされたのはどういう意味があるのかと思いましてね。商人がみんなシュトローブルに店を構えて売ったら、納める税金が減って総督としてはお困りになるのでは?」
そうだよね、不審に思うのはもっともだわ。グスタフ様のリンツ商会にシュトローブル支店を出していただくためには、ちゃんと説明しなければならないだろう。私は、腰を据えて説明することにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
私は、この辺境の街を任されたからには、街を大きくしたいと思っている。だから、人も、お店も、仕事も、誘致したいのだ。
関税制度は、確かに行政府としては儲かる。ぜいたく品ばかりの輸入品価格に二割や三割の税金をかけるのだから。だけど関税そのものは、シュトローブルの住民に、仕事を与えてはくれない。
もしここで、この街で売るなら関税をタダにすると言ったらどうだろう。目ざとい商人たちはシュトローブルに支店を出してくれるんじゃないか。優れた商人が王都から派遣され、街の住民を事務仕事や掃除なんかで雇ってくれるはず。そして商人さんは身の回りのものを街で買うし、食事もすれば酒場にもいくだろう。支店から上がる事業税は「儲かった分」の二割か三割だから関税に比べれば総督府の収入は苦しくなるけど、長い目で見れば街の住民に仕事を提供し、街に活気をもたらすことになるはずだ……と。
「ほほぅ。良いお考えをお持ちだ。長期的にはおっしゃる通りと思いますがな、短い期間で成果を挙げることが難しい施策ですな」
「ええ。十年後……いえ二十年後のシュトローブルが豊かであればよいと思っていますの」
「失礼ながらそれでは、聖女殿の功績が王室に認めて頂けないのでは?」
「それで構わないのです。成り行きで、無理やり押し付けられた総督ですので。これ以上、王室からご褒美を頂戴しようとも思っておりませんし……」
グスタフ様は、私の言うことが意外だったのか、眼をぱちくりしている。私はそんなに変なことを言っただろうか、私が本当に望むのは総督とかなんとかを放り出して、平和なスローライフに戻ることなのだけれど。
「それに、これは領地の防衛にも資することだと思いますの」
「ふむ、どうして商人がシュトローブルに店を出すことが、軍事につながるのですかな」
「ええ。外国……特に隣国アルテラの動きに関する情報は、なかなか入ってきません。そしてある意味、一番そのあたりに詳しいのは、貿易商人の皆様ですよね。もちろん利にさとい商人は、通り抜けるだけの街になんか情報を落としてくれません。でも、その街に支店を出していたらどうでしょう? 戦火の被害を最小限にするために、生の美味しい情報提供という形で、シュトローブルの防衛に寄与して頂けるようになるのでは、ありませんか?」
それまで私を鋭い眼で観察していたグスタフ様が、いきなり破顔した。
「いや、聖女殿のご見識、よくわかりました。我が商会もシュトローブル支店の開設を急ぐとしましょう、ぜひ今後昵懇にお願いいたしたいものですな」
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