第193話 お披露目会(3)

「王太子ルートヴィヒ殿下! ハイデルベルグ伯爵令嬢アマーリエ様!」


 そうなのだ。本日のお客様で一番偉い、つまり最後に入場される方は、当然王太子殿下。そして殿下がエスコートしてきた女性はなんとなんと、マーレ姉様なのだ。


 見慣れた男装の麗人スタイルではなく、しっかりシックで可愛いドレスで決めて、流していた紅茶色の髪も今日はきちんと結い上げている。うん、姉様って上背があるから、ルートヴィヒ殿下と並び立ってもまったく押し出し負けしないというか、お似合い感半端ないわ。


 だけど、こんな地方遠征イベントにもあからさまにエスコートしてくるなんて、やっぱり王太子殿下、マーレ姉様を相当気に入ってるのかしらね。このまま王妃様ルートとか、あるのかしら?


「やあ、聖女殿。またアルテラですごい冒険をしてきたみたいだね。あとでじっくり話を聞かせていただくよ」


 青い眼が優しげに細められて、亜麻色の髪がさらっと揺れる。王太子様なのに偉ぶることもなくて、相変わらず私みたいな得体のしれない令嬢にも、如才なくお声をかけて下さる、優しい殿下。


「王太子殿下には、このような辺境までお出ましいただき、恐悦至極ですわ」


 せっかく母様がきれいな格好させてくれているのだから、精一杯美しくカーテシーでご挨拶。ロワールを追放される前から、ご挨拶の姿勢だけはとても綺麗だって、ほめられていたんだから。あくまで、姿勢だけだけどね。


「ロッテ! 会いたかったよっ!」


「姉様! ドレスでそれはマズいって!」


 殿下とのご挨拶が終わるのを待ちかねたかのように、マーレ姉様がいつも通りのノリで私にベアハッグを仕掛けてこようとするから、必死で止めた。今日の姉様のいでたちは清楚な空色のふっくらふんわり系、そしてポイントポイントに小さな宝石があしらわれているとっても素敵なドレスだ。ぎゅうぎゅう抱き合っちゃったら、せっかくきれいに縫い付けてあるあれやこれやが、取れちゃうじゃないの。


「ああ、そうだったね。今日は慣れない格好をしてきたことを、忘れてたわあ」


「王太子殿下のエスコートで登場なんて、思わなかったわ……」


「うん、まあ、それは……あとでゆっくり話すわ」


 なにやら口ごもるマーレ姉様。切れ長で深く青い瞳が落ち着かなげに揺れ、頬が紅く染まっている。普段の凛々しい姿とは全然違うのだけれど、とっても嬉しそう。う~ん、やっぱり、そういうことなのかな。


 きちんと装えばマーレ姉様は美人だし、侯爵令嬢なんだから王太子妃になる家格も十分だ。だけど問題は、お妃様としての教育よね。


 姉様は殿方が学ぶ政治や経済、そして技術なんかについてはきちんと修めておられるのだけれど、いわゆる淑女が身に付ける教養については、さっぱりなんだもの……ダンスだって、男性パートを踊っているところしか、見たことがないし。社交とか外交とか、大丈夫なのかしらと、心配になってしまうわ。まあ、大陸に一人くらいは、剣を振り回して王を守る妃がいてもいいかな。かっこいいかも。


 おっと、まだ姉様が白状してくれてないのに、先走りすぎちゃった。ふふっ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 お披露目のパーティーは、すっごくラフな雰囲気だった。


 最初に王太子殿下がごくごく短い祝辞を述べられた後は、もういきなり無礼講モードになっちゃうのね。王宮でのデビューの時もそうだったけど、バイエルンの社交パーティーって、ものすごく気楽なのよね。お堅いロワール風とは、えらい違いね。


 あとはダンスが始まる時間まで、ひたすら会場をぐるぐる回って、出来るだけ多くのお客様にご挨拶をするのが、私の仕事なの。全然お客様の顔を覚えられなかった私にとっては、まさに苦行でしかないのだけど……私を助けてくれる強力な援軍がいたんだ。それはビアンカ。


 もともと物覚えの良い子だってのは知っていたけれど、入口で私とハインリヒ兄様がお客様をお出迎えしていたところを後ろでじっと見ていただけで、ほぼ招待客全員のお顔と名前、交わした短い会話まで、すべて覚えてしまったみたいなの。この恐るべき記憶力ってやっぱり、お父さん……賢者ディートハルト様の血、なのかしら。


 お客様が近づいてくるのに気づくとすっと耳元で「ベルンシュタイン男爵のハイモ様です。奥様はマルゴット様。コカトリスのルルにご興味がおありのようでしたよ」なんてささやいてくれる。


「ありがとう。ビアンカのお陰でやらかさずに済みそうよ」


「うふっ。どういたしまして。ロッテお姉さんのためですもの、お安い御用ですわ。でも……せっかくですから、あとで特別なご褒美を、下さいねっ!」


 亜麻色の髪をふわんと揺らして、エメラルドの瞳をキラキラさせてこんなことを言われたら、拒めるわけもない。特別なご褒美って、やっぱりお口からの、アレだよね。うん、今日は本当に助かったから、終わったらたっぷりサービスしてあげよう。軽くうなずいて答えると、目尻が少し下がって、なごみ系の笑顔になる……癒されるわあ。


「あっ。あのテーブルのお客様は、リンツ商会会頭のグスタフ様です。東方貿易では一番の実績を誇る方で、シュトローブルにぜひ支店を置いてほしいと、アルノルト様が」


 むむっ、これは大事なお客様だな、頑張んないとね。

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