第192話 お披露目会(2)
「ロッテ、招待客リストを作っておいたからね。招待状は自分の字で書くんだよ」
「はぁい」
やや投げやりで蓮っ葉な調子で答える私。そうだ、やると決まったんだからどうとでもなれだわ。どうせ近隣の領主とこの辺の有力者だけなら、五十人も来れば十分だよね。多少丁寧に書いても、どうせ定型文だし、三時間もあれば書き終わるはず。がんばろう。
そう思ってハインリヒ兄様から受け取ったリストをチラッと見ると……何か違和感。
「あの……お兄様? 招待客が、やたらと多い気がするんですけど?」
「多い? これでも、会場の都合があるから絞ったんだよ。だって、シュトローブルにはそれほど大人数を受け入れられる『ハコ』がないからね」
「その『ハコ』の定員って……」
「うん、二百五十人くらいかな? だから今回の招待客は、三百くらいに抑えてあげたんだよ。そんなに多かったかなあ?」
どひゃあ、三百ですって?? これは兄様に、ハメられてしまったかも。お披露目会の方が楽だとか言って……最初からそのつもりだったのね。
「多かったかなあじゃなくて、めちゃくちゃ多いですっ!」
「そうかあ、ごめんねロッテ。でもさあ、何しろ話題沸騰だった『献身の聖女』が王室直轄領の総督になるっていうんで、国中の貴族や大商人そして聖職者たちがね、ぜひロッテに会いたいって、申し込みがすごかったんだよね」
「あ……そう、なの?」
「そうなんだよね。だけど当の本人は、のんびりアルテラ旅行なんかに出かけちゃってるわけじゃないか、彼らをなだめるのに苦労したんだよ。だから本人が帰ってきたらきちんと夜会を催しますって言わないと、収まらないじゃない?」
とっても柔らかな言葉で、どんどん私の逃げ道をふさいでくるハインリヒ兄様。やっぱりこの方は腹黒宰相クリストフ父様の跡継ぎ息子よね。
う~ん、でも、私たちが我儘言って、着任早々いつ帰ってくるかわからない外国ツアーに出かけちゃったからみんなに迷惑かけちゃったってのは、本当なんだよね。そのあおりでエリート官僚様たるハインリヒ兄様が、財務省への栄転人事を四ケ月待ってもらって、わざわざこんな地方の代理総督に来てくれてるわけだし。少しは兄様の顔を、立ててあげないといけないわよね。
「はい……ありがとうございます。頑張ります、お兄様」
小さな声でそう感謝の言葉を返した後、気を取り直してきちんと先頭から招待客リストに眼を通した私は、一瞬でも感謝したことを後悔した。
「ルートヴィヒ・フォン・エッシェンバッハ? これって、王太子殿下じゃないですか! 近隣の領主様を集めて……じゃなかったんですか?」
「あれ? そんなこと、言ったっけ? まあいいじゃないかロッテ。だって、ここシュトローブルは王太子殿下に任された直轄地、いわば殿下が領主ってことさ。こんなおっきなイベントに領主が出るのって、当たり前だよね?」
うぐっ、確かに。そう言われたら、言い返せない。残念ながら口で兄様に勝つのは無理よね。私は天を仰いで、地獄になるであろう招待状書きに思いを致した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
そして、「お披露目会」当日になって。
カタリーナ母様お見立ての社交完全装備に身を包んで、ホストたる私とハインリヒ兄様は、次々入場してこられる招待客に挨拶するのに忙しい。
招待客のほとんどは私にとって初対面、ストレス半端じゃないわ。入口でお名前がコールされるたびに、兄様が小声でお客様のプロフィールを教えてくださるのだけれど、とてもついていけるものじゃない。
だけど最後から二番目に呼ばれた方は、とてもお会いしたかった人。そうそう、こういう会では、身分の高い人ほど後に入場するのが決まりなのよね。
「ローゼンハイム伯コルネリウス様! ハイデルベルグ侯爵夫人カタリーナ様!」
ティアナ様のお父様、ローゼンハイム伯爵と並んで優雅に姿を現されたのは、カタリーナ母様だった。宰相たるクリストフ父様はそうそう王都を空けるわけにもいかないけれど、母様は「娘の晴れ姿、絶対見ないと!」って大張り切りだったそうなの。で、奥様をなくされているローゼンハイム伯爵様にエスコートして頂いて、こんな辺境まで来てくださったというわけなの。
「ロッテ! 無事に帰ってきてくれて、良かったわ……」
「ご心配おかけしました……お母様」
ぎゅっと手を握りこまれて深い青色の瞳で見つめられると、本当に私のことを心配してくれているのが伝わってきちゃって、思わずじわっと来てしまう。
「うふふっ、やっぱり思った通りね。この紫のドレス、ロッテにぴったり。この可愛いけどどこか妖しい感じが、ロッテのイメージなのよね。ね、ね、気に入った?」
「はい……すごく似合って、びっくりでした……」
「そうよね! ああ、女の子のドレスを選ぶって楽しいわあ。マーレが男の子の格好ばっかりしていたから張り合いがなくて……でも、最近はあの子もね……」
あら? 三ケ月前のマーレ姉様はまだ騎士様の格好だったけどなあ。少しは反省して令嬢らしくすることにしたのかな?
そしてその時、最後の招待客がコールされた。
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