第191話 お披露目会(1)

 はぁ~っ。どうして、こうなっちゃうのかなあ。


 ほとんど三ケ月ぶりのコルセットが、おなかをぎゅうぎゅうと絞りあげて、私を苦しめる。アルテラに旅していた間は、そりゃたくさん食べたけれどそのぶん一杯歩いたし、決して太ってはいないはず……そう信じたいけど、いざこうやって容赦なく締め付けられてみると、もう少しダイエットに気を配るべきであったかと、そんな思いが頭に浮かぶ。


 長い間構っていなかった黒髪も、ハイデルベルグ侯爵家から送ってきた何やら素敵な匂いのする香油をしこたま塗り込まれてつやつやに戻り、今日はどこのお姫様かと思うようなしゃれたハーフアップにまとめられている。そして久しぶりに日焼け止め以外のお化粧をさせられた私の顔は、王都社交界でおなじみの、妖精っぽいアレだ。変にオトナ美人に見せようとするより、無垢で妖しくそして可愛いを目指すべきという、カタリーナ母様の指南によるものなんだけど。


 そして、私の魔力に合わせて紫色を基調としたゴシックっぽい重厚なドレスは、王都の社交で眼が回るほどたくさん作らされたものと、また違うデザイン。どうもカタリーナ母様が秘密で誂えて、送りつけてきてくれたみたいなの。シュトローブルみたいな田舎で社交活動がそんなにあるわけじゃないんだから持ってるもので十分なのに……と思うんだけど、姿見に映った自分を見てびっくり、我ながら思わず凝視してしまうほど、ものすごく似合っている。さすが、王都社交界で鍛えられた母様の審美眼は、確かよね。目立ちまくっちゃいそうで怖い。


 そんな感じで、不本意ながら久しぶりに気合の入りまくった社交フル装備で出撃しなければいけなくなったのには、もちろん理由があった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ビアンカのお母さんを探してアルテラへ二ケ月半の長旅をした後だから、少しはのんびりしようとか考えていた私の考えは、ものすごく甘かったみたい。帰ってきた翌々日から、ハインリヒ兄様に朝から晩までびっしりスケジュールを入れられてしまったのだ。


 朝からお昼まではひたすら総督業務のブリーフィングだ。まあ、これは長い間サボってしまったのだから、仕方ないよね。各担当部局の長が難しい資料をたくさん持ってきてはああだこうだと説明してくれるんだけど、悲しいことに私には、細かいところを理解する能力がないのだ。総督代理たるハインリヒ兄様と、執政官アルノルトさんがかわるがわる同席して、私に分かるように簡単なフレーズにかみ砕いてお話してくださらなかったら、えいっと努力を放棄してしまったかもしれない。


 昼食はきちんと総督府のダイニングでとれるのだけれど、同席するのはハインリヒ兄様とアルノルトさん。食卓の話題が、初夏にふさわしいさわやかな日射しや花壇に咲いた可憐な花についてといった情趣豊かなもの……であるわけはなく、守備隊予算の増額についてとか雨で崩れた街道の補修についてとか、ひたすら真面目な政務についてなの。きっとこれも私を教育する活動の一環であるはずなので、必死で内容を理解しようと努めないといけない。そっちに集中しすぎて、食事の味を覚えていないこともしばしばだ。


 午後は領内のあれこれ視察と、有力者へのあいさつ回りとか何とか、これまた忙しいのだ。少なくとも周辺の主な村の長については名前とお顔を覚えないといけないし、エグモントさんにお任せしている守備隊の調練なども見学しないといけない。軍事訓練に私が顔を出したって何か役に立つとは思えないんだけど、兄様に言わせると長たる者が定期的に姿を見せるかどうかで、兵たちの士気がまったく違うのだそうだ……まあ、おっしゃることはわかんなくもないのだけれど。


 晩餐くらいゆっくりと家族で食べさせて欲しいのだけれど、そうもいかない。今度は街の有力者と顔合わせして、少しお酒をまじえたりしつつ、大人のお話をするのだ。ことにシュトローブルは交易が主産業だから、有力商人たちとのパイプは欠かせないと、げんなりした顔をする私をアルノルトさんが優しく諭してくれた。仕方ない、頑張るしかないよね。


 こんなに忙しいのに、ハインリヒ兄様がとどめをぶっこんできた。


「さて、ロッテの『お披露目会』をしないといけないね」


「ええっ! お兄様、あいさつ回りだけじゃ、ダメなのっ?」


「うん、ダメだね」


 兄様のおっしゃることによると、領主の代変わりにあたっては、近隣領主や地域有力者を招いての「お披露目」パーティをやることが通例なんだとか。まあ、シュトローブルの場合は領主じゃなく総督だし、代変わりじゃなく更迭なんだけどもね。いずれにしろ、今後領地を平穏に発展させ領民の生活を安堵し、近隣領との関係を良好に保つとともに国防への義務を誠実に果たすということを、新しき支配者が公の場で示すという意味だけでも、そういうイベントは必要だということなの。


「ロッテはあいさつ回りすればって言うけど、近隣の領主を全部訪問するだけでも、ものすごく大変だよ? 『お披露目会』をすれば、みんな向こうから出掛けて来てくれて、それも一回で済むんだよ? どっちにしたいの?」


「はい……『お披露目』にします……」


 私の諦めきった返事を聞いて、普段謹厳なお顔をなさっている兄様がとってもいい笑顔を浮かべられたのだけど……ちょろい私は、兄様があの腹黒クリストフ父様の正統な後継者であることを、すっかり忘れていたんだ。

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