第189話 帰ってきたぞう!

 そしてようやっと、私たちはシュトローブルに帰ってきた。


「ハインリヒ兄様、ただいま帰りました。わがままを言って、申し訳ありませんでした」


「本当だね。でも四ケ月はかかるって言ってたのに、二ケ月半で戻ってきたじゃないか。いい子だよ、ロッテは」


 そう言って、軽く頭などなでて甘やかしてくれる、とっても優しい兄様。


「それにしても、ものすごい『お土産』をいっぱい持ってきてくれたものだなあ」


 兄様があきれたように眺めているのは、城門の外に並んだ二千五百の獣人達と、三百のサーベルタイガー。


「はい……ご迷惑をお掛けしてしまうとは、思ったのですが」


「うん? これはむしろ、バイエルン王国にとってとてつもなく大きなギフトと言うべきじゃないか? だってこのシュトローブル領の人口はせいぜい二万。ここに二千五百の、それも体力が強く特技も持っている若い獣人たちが一度に加わるんだ! 領の力は一気に増すよ。最初だけは受け入れ準備に資金がいるかも知れないけど、明らかにそれを上回る価値がある。シュトローブルは人が少なくて土地があり余っているところなのだからね」


 兄様は興奮気味に続ける。クララの連絡を受けてすぐ受け入れ準備を開始し、もうすでにルーカス村の近くの森を切り拓いて整地し、連れてきた獣人さんたちがとりあえず住める程度の住宅を建設したのだという。さすが兄様は優秀な官僚様、仕事が早いわ。まあ、いろんな面倒を手配なさったのは、アルノルトさんなのでしょうけれど。獣人移住隊の長たるフェレンツさんが、提示された条件を了承し、支援に感謝の意を示す……単なるイケメンと思っていたけど、かしこまった姿を見ると、かなりかっこいい。


「そして、サーベルタイガーのこんな大集団と協力関係を築いて、この領に連れてきてくれるとは……アルテラと国境を接するシュトローブル領にとって、これはものすごい軍事面のアドバンテージだよ! どうやったらこんなことができるんだい、我が愛する妹よ?」


 そして、手回しの良い兄様とアルノルトさんは、さっさとシュトローブルにおけるサーベルタイガー集団の立ち位置を決めてくれていた。


 ルーカス村周辺から国境に至る広大な手つかずの森林を彼らの狩場として公式に認め、人間はそこに干渉しないものとする。その代わりにサーベルタイガーは人間と最低限の交易や交流を行い、他国と紛争が起こった際には、総督……つまり私の、軍事的指揮に従うこと。


「だ、そうです。ヴィオラさん、それでいいですか?」


「ロッテ、その麗しい女性は?」


「ああ、この方が一族の族長、ヴィオラ様です。今は人化で、人型をとっておられますが」


「こ、これは失礼した。うむ、改めて……族長殿、先ほどの条件、いかがであろうか?」


 いっとき驚いて混乱した兄様も、素早く立て直した。さすがあの腹黒父様の跡継ぎ、メンタルの強さは遺伝なさっているわ。


「我が一族は、シャルロッテ殿を主と仰ぐことを決めた。であれば、異存のあろうはずもない。具体的に我々の領域を定めてもらえれば、勝手に外へ出て人間に迷惑をかけるようなことはせぬし、シャルロッテ殿の下知にも従う」


 わずかに口角を上げたヴィオラさんが堂々と宣言する。こうしてみると、やっぱり立派な族長様にみえるなあ。私たちと話すときは、優しくて気さくなお姉さんだけれど。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 う~ん、ものすごくバタバタと忙しい一日だった。


 あれからヴィオラさんと、彼らの領域となる森を確認して一旦別れた。配下の虎さん達が早く狩りしたくてたまらない様子だったからね。彼女は「賢者」に地図の読み方も教わっていたみたいで、地図に印をつけただけで一族に与えられた広い広い狩場を、素早く理解してしまった。まあ、おかげで助かるんだけど。


 そしてフェレンツさん率いる獣人移住団を定住候補地へご案内。きちんと整地ができていて、「とりあえずの」と兄様がおっしゃった家は、仮設テントみたいなものを想像していた私たちの予想を裏切って、板造りのかなり立派なものだった。獣人さんたち大喜び、兄様とアルノルトさんには大感謝だわ。バタバタと部屋割りなどして、支援物資なども配って、まずは新しい村での生活がスタートしたわけよね。明日から早速開墾作業に入るのだと、フェレンツさんは張り切っていたわ。うん、頑張ってほしい。


 兄様は私が戻ってきたのだからさっそくパーティをするとおっしゃるのだけれど、さすがに今日はくたくたに疲れている。夜会で主役が居眠りするのも何なので、日を改めて頂くことにした。だから今日の夕食は、家族のお食事会なの。アルノルトさんもご招待して、ね。


「ロッテと、一行の無事帰還を祝って、乾杯だ!」


 う~ん、冷えた白ワインがしみるわ。シュトローブルのワインはロワールのものより甘くて、私の口に合う。ビアンカとカミルも今日はお酒解禁、お祝いだから今日くらいはね。一杯でぽうっと頬を染めるビアンカと違って、カミルは少し桜色になりつつ一杯目を飲み干すと、二杯三杯と口に運んでいる。飲みすぎはダメよ!


「私のわがままを許してくださってありがとうございます、ハインリヒ兄様。そしてアルノルトさん、兄を助けて下さってありがとうございます、これからも私とクララを助けて下さいね?」


 私の感謝の辞に兄様は嬉しそうに目尻を下げ、アルノルトさんは頬を染める。ふふっ、「クララを」ってわざわざ入れてあげたからね。


 和やかにお食事が始まって、兄様に旅のお話をせがまれてしまう。何しろ兄様は、村ごと引っ越してきた獣人さんたちと、一族あげて拠点を移してくれたサーベルタイガーをどう説得したかに興味津々なのだ。


 派手な部分をできるだけ省いて、獣人村でのあれこれ、デブレツェンでのやりとりをぽつぽつと語っていく。それでも兄様とアルノルトさんの表情に驚きと、若干のあきれ感が浮かぶ。まあ、ちょっとやらかしちゃった自覚は、あるのだけど。


「うん、大したものだね。もっといろいろやらかしているはずだけれど……そこはビアンカ嬢に詳しく聞くとしようか」


「あっ、はい! 喜んでっ!」


 うん、兄様はさすが腹黒クリストフ父様の後継者、優しく見えても、やっぱり意地悪だよね。


 ビアンカが我が意を得たりとばかりに、私がこの二ケ月半の間にやらかしたあれやこれやを、エメラルドの瞳を潤ませ頬を桃色に染めながら、うっとり陶酔気味にぶっちゃける。それも、彼女の主観に基づく派手な演出を、これでもかというくらいたっぷり入れて。


 彼女の語りを聞いているだけだと、何かシャルロッテ様という美しく凛々しくその上強く、天使のように清く正しい心を持った聖女が、私の他にいるみたいなんだよ。何なのこの羞恥プレイ、顔から火が出そうだから、そろそろ終わりにしてほしい……。


「なるほど、よくわかったよ……くくっ、それなら獣人もサーベルタイガーも、ロッテを崇拝してしまうだろうね、いや、やっぱり思いっきり、やらかしていたね」


 含み笑いをこらえきれない様子の兄様、やっぱり意地悪だわ。


「うん、どのへんまで王都の劇団に伝えるか、母上に相談しないとな……」


「ひいぃっ!」


 えええっ、この上また、公開羞恥プレイなの??

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