第187話 激闘

 森に響き渡った声に、びくっと振り向くアルテラ兵たち。注文通りに、油断させることは出来ていたみたい。あとは、やるだけよ。


「てっ!」


 私の声に合わせ、ビアンカと、獣人狩人隊の弓から矢が一斉に放たれる。ターゲットは示し合わせた通り、杖を持ったやつ……魔法使いだ。一射目で三人を倒し、二射目でさらに四人を倒す。よし、いい感じね。


 魔法兵が次々射殺されるのを見たアルテラ兵がすかさず態勢を立て直し、私たちに向け突っ込んでくる。精兵が殺気をむき出しで迫ってくるのは怖いけれど、接近戦なら私たちには強い味方がいるわ。


(突っ込め!)


 ヴィクトルの念話が頭の中に響くと同時に、左右から五十ちょっとずつのサーベルタイガーが飛び出し。向かってきていた敵兵を一気に吹っ飛ばす。虎さんたちはそのままアルテラ軍の列に突っ込み、思うさまに敵兵を吹っ飛ばし、そのままの勢いで反対側に突き抜けた。一回の突撃でアルテラ軍の前半部は恐慌を引き起こしている。サーベルタイガーが私たちに与しているなんて、まったく知らなかったでしょうからね。


(よし、いいぞ、反転してもう一度!)


 二度目の突撃では、虎さん達は突き抜けて混乱させるだけに終わらせることなく、兵士の首筋を引き裂き。腕を噛みちぎった。凄惨なことこの上ないけれど……これをやらないと、私が守ると約束した、獣人さんたちに被害が出てしまう。


 そしてそこに、これまで指揮に徹していたヴィクトルが人型のまま、魔剣グルヴェイグを手に躍り込む。虎の爪では歯が立たない鋼の防具も、グルヴェイグにかかればバターのように切り裂かれ、あっという間に彼の周りは乱戦となった。彼の目立つ容貌と戦いぶりに、多くの敵兵が引き寄せられ、彼を倒さんと襲い掛かってくる。


 彼は……さらに強くなっている。すっかり人型での剣術戦闘に慣熟して、グルヴェイグの力をフルに引き出せるようになったみたい。そしてその反射神経と速度は常人の者ではなく、弓で狙っても矢を斬り払い、槍を突きこんでも穂先を斬り飛ばす。彼の進む道に立ちはだかる敵は、次々と骸になっていくの。


 あ……ダメだ。ついヴィクトルの動きばかり追ってしまう。私は、全体を見て指揮をする責任を負っているというのに。頬に一発、自分でビンタを入れる。


 気合を入れなおして戦闘を見渡した視界の隅に、魔法の杖を持った兵が十人ほど映る。うわっ、まだこんなに魔法使いが残っていたんだ。彼らがヴィクトルに向かって何か叫んで、一部はもう詠唱を始めている。いくら魔剣グルヴェイグに魔法抵抗能力があると言ったって、十人分の魔法を一気に喰らっては無理だ。


「ヴィクトルっ!」


 なぜかその名前を呼んだら、すごく精神力が満ちた気がした。今ならば……。


 ありったけの精神力を、一気に聖女の杖に流す。魔銀のらせんで練られて戻ってきた驚くほどの力を取り込んで、私は唱える。


「雷光よ! 散りなさいっ!」


 短い詠唱の後半は、いちかばちかのアドリブだ。一点に向けて電撃を放ち対象を倒す「雷光」を、魔法使いたちがいるエリア全体に、薄く分散して撃つイメージを頭に思い描くために。魔法使い一人殺しても残り九人がヴィクトルに魔法攻撃するのを止められない、だったら分散で威力はなくなっても、一時的に感電させて動きを遅くできないかなって思ったの。


 どうやらその賭けには、勝ったみたいだ。


 魔法使いのいる周辺に白く細い電撃が網目のように飛び、ある者はへたり込み、ある者は詠唱を中断して胸を押さえる。そしてそのまばゆい光は、うちの優秀な弓隊がターゲットを認識するには十分に目立つものだった。たちまち二十数射の矢が魔法兵を襲い、彼らを沈黙させた。


 あとは果てしない接近戦、肉弾戦。一対一なら圧倒的にこっちの能力が上だけれど、今は百対六百、倒しても倒しても次が湧いてくる。そしてだんだんこっちの数が減って、前線は押され始める。


 減っていると言ってもサーベルタイガーが死んでいるわけではないの。私があらかじめ「死なない限り助ける、だから傷を負ったら粘らず逃げなさい」と命じているから、ケガをして下がっているだけなのだ。それでも確実に前線の戦力は落ち、残った前衛の負荷は増していく。


 もう五十人近く一人で倒しているヴィクトルの体力は驚異的だけれど、虎さんたちのサポートが弱ってきたら、それほど長くは耐えられないだろう。弓部隊もほぼ矢を撃ち尽くし、フェレンツさんたちは小剣に武器を持ち換え、ビアンカはすでに服を脱ぎかけている。この辺で局面を変えないと、苦しいんだけどな……。


「お母さん!」


 ビアンカが叫んだ。彼女が見つめる方に眼を向ければ、アルテラ兵がなにやら慌て、隊形が崩れ始めている。ああ、やっと来てくれたんだ。


「別動隊が来たわ! 今攻めれば勝てる、全員突撃!」


 およそ聖女らしくない私の号令に、怪我して下がっていたサーベルタイガーたちも一斉に突っ込み、戦意の乱れた敵を蹂躙し始める。ヴィクトルの操る魔剣グルヴェイグが、妖しい緑色の輝きを増し、さらに多くの敵を屠っていく。獣化したビアンカが、母と肩を並べて戦おうと、一直線に敵を蹴散らしながら飛び込んでいく。

 

 はあ~っ。苦しかったけど、どうやらこの戦い、勝ったみたいね。

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