第186話 奇襲戦、行くよ!
貴重な虎さんを百頭も、およそ戦闘に向かないまばらな楕円形に配置しておいたのには、意味がある。
移住隊は一列縦隊しか取りようがない、ものすごく無防備な隊形だし、戦闘能力はほとんどない。アルテラ軍が移住隊に直接食いついてしまったら、私たちの負けは確定になっちゃう。だから敵がどの方向から迫ってくるかをどれだけ早く察知して、その方向に主力を振り向けて移住隊を守ることができるかが、勝負の分かれ目になるわけよね。
そんなわけで虎さんに、長い縦隊を組む移住隊を楕円形に囲むように「見張り専門」で進むことをお願いしたわけなのよ。
でもそれだけじゃ十分じゃない。敵発見の情報が迅速に伝わるようにしないとね。ここには魔獣の念話能力を利用させてもらうってわけ。
魔獣は声を出さずに念話で情報を伝える能力があるからこういう時には便利なのだけれど、残念ながら届く距離には制限がある、およそ七~八十メートルってとこかな。だから虎さん同士の距離を五十メートルくらいに保って、一頭が何か発見したら、それをリレーみたいに次々つないで伝えていく方式にしたんだ。
そして混乱を防ぐために虎さん一頭一頭に番号をつけて配置位置を決めておいて、異常発見は何番、ってシンプルに伝えれば、敵が来る位置が分かる、という仕掛けなの。当然、別動隊のヴィオラさんにも、同じように敵発見の情報はリレーで伝わっている。
「二十三番……左後方ね、みんな行くわよ!」
精一杯元気な声で指揮するけれど、駆けつけるのは私が一番遅いだろう。ため息をつく私の前に、一頭のサーベルタイガー。
(ヴィオラ様より、聖女をお運びしろと命ぜられている)
一瞬ためらったけれど、正直今から藪漕ぎして走る体力はない。ありがたく、厚意に甘えることにした私なのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
虎さんのおかげで、戦場遅参の指揮官にならずに済んだ、良かったわ。
「深い森を追ってきたのだから、重装歩兵ではないでしょうね。せいぜい装備は革鎧だと思う。サーベルタイガーの攻撃で十分貫通できると思うわ」
「すると俺も、虎型で戦った方がいいか?」
「いいえ、ヴィクトルはグルヴェイグで戦って。指揮官は鎖帷子くらい着てくるかも知れないから。それに……『彼女』はあなたを魔法から守ってくれるわ」
「わかった」
短く答えて、配下に置いた百頭の虎さんを左右に配置し始めるヴィクトル。さすが族長の長子よね、指揮する姿が決まっているわ。
「問題は、虎さん達が苦手とする遠隔攻撃系の兵がどのくらいいるかだわね。獣人狩人の皆さんは、歩兵を相手にせずまず魔法使い、いなければ弓兵を狙って下さいね。ビアンカもよ?」
「承知した」「はい、お姉さん!」
フェレンツさんとビアンカがきっぱり答える。ビアンカは今回、虎型禁止で弓要員だ。彼女って意外と突撃が好きな娘だから、こういう乱戦になると、前線に出したくないのよ。
「では弓担当の皆さん、集まってくださいね……この心正しきものに、力を与えたまえ!」
「おおっ! 力が!」「うわぁ……これはたまらんな」「癖になりそうだ」
久しぶりに聖女の杖に精神力を注ぎ込み、聖女のバフをかける。獣人さんだったら私の魔力のほうが効くのかもしれないけど、一人一人に魔力をあげている時間は、残念ながらないからね。
ふと気付くと、ビアンカが私を真剣な眼で見つめて、近づいてくる。
「なあにビアンカ? あなたの持ち場は、右よ?」
「ロッテお姉さん……私に、特別なバフをくださいっ」
うっ。それはつまり、あれよね。えっ、こんなに多くの人の前で、するの?
ビアンカは狩人さん達が眼に入らないかのように一直線に私の前までくると、私の返事など待たずにまぶたを閉じる。うん、ビアンカって最初の頃は遠慮がちで自分の欲求なんか口にしない子だったけど、最近時々、ぐいぐい押してくるシーンが増えたよね。ヴィオラさんの血なのかしら……ままよ、もう時間もないし、やっちゃえ。
彼女の亜麻色の頭に左手を回し、引き寄せて口づける。まあ、少し濃厚になってしまうのだけれど、そこはほら、時間短縮のためよ、時間短縮ね。
「ぷはぁ……最高です。うん、力が湧いてきます……ええ、お姉さん、私やりますよ!」
そう言って意気揚々と持ち場に帰っていくビアンカを、呆然と見送っていた獣人さんの誰かが、ぼそっとつぶやく。
「俺もあれ、やって欲しい……」
ダメに決まっているでしょうが!
◇◇◇◇◇◇◇◇
敵が下藪をかき分ける音が近づいてくる。あまり音を抑えようともしていないあの様子では、まだ私たち戦闘部隊の存在に気づいていないわね。
相手は精強で知られる軍事国家アルテラの、正規兵だ。これが六百も来たら、いくらサーベルタイガーが森の王者でも、無傷ではいられない。できるだけ被害を最小限にしたい、それが臆病なにわか指揮官である私の、みみっちいけど最大の望みだ。それを実現するには……彼らを油断させて、可能な限り不意打ちに近い形で開戦するしか、ないだろう。
だからこそ、百頭もサーベルタイガーを投入して敵の位置を先んじて知り、迫る敵に見られないように戦力を配置したのだ。アルテラも軍事面ではバカじゃないから斥候を出してきたけど、そいつらは素直に通してあげて、移住隊の列を目視確認させてから、手出しせずに本体へ帰したつもり。これで、完全に油断してくれると、いいのだけれど。
私たちは全員下藪に伏せて、敵の動きを耳で追っている。左右に分かれた私たち戦闘部隊の間を、敵部隊の先頭が通り過ぎようというとき、私は精一杯の声で、命令を下した。
「弓隊、用意!」
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