第185話 お引越し隊、出発!
三日後に、移住隊は村を発った。私たちが戻る前からある程度準備はしていたというけれど、ものすごい手際の良さだ。アルテラ軍が動くかもしれないという危機感が、とても強かったんだね。
二千五百の獣人とその家財道具だけではなく、家畜の牛や羊なんかも一緒、そして三百を超えるサーベルタイガー。ものすごい大集団になる。
「う~ん、自信ないわ……なんで隊の編成と戦闘指揮が私の役目になっちゃうのよ……」
「仕方ないんじゃないかな、ロッテにはルーカス村で千人以上のアルテラ軍を全滅させた実績があるわけだし。あの戦闘指揮をしたのはロッテだったじゃないか、立派だったよ」
ヴィクトルに励まされても、私の気分は微妙だ。聖女扱いはまだ許せるんだけど、こんなひ弱な女の子を軍事指揮官扱いするって、どうなのよと思ってしまう。
「あきらめるしかないわねロッテちゃん。それに、獣人たちも、私たちサーベルタイガーの一族も、貴女が治める領地の民になろうというのよ。いわばここにいる者すべての主人はロッテちゃん、貴女なの。主が民を率いるのは、当然よね?」
「そうだな、聖女さんの領地に赴く以上、我々の主は聖女さんだ。主には配下の弱き者を守る責任ってものがあるだろうからな」
ヴィオラさんと、移住組の長となったフェレンツさんに逃げ道をふさがれ、ここ二日間は昼寝を我慢していろいろ考えたんだけど、私の知識にある聖女修行で学んだ程度の軽い兵学は、こんな特殊ケースの役には立たない。えいっと割り切って、素人っぽい発想で配置を決めたの。今のところ誰も文句を言っていないから、まあいいか。
移住隊の一般村民さんたちは一列縦隊、これは他に選択肢がない。起伏があって足元の悪い森の中を、あれこれ荷物を担いで移動するのだからね。子供や老人を真ん中において前後を屈強な働き盛りの獣人で守る感じね。
列の先頭にはクララとカミルを先導役として置く。彼ら二人が歩きやすいところを探して、獣人村の若者たちが障害物を除け、邪魔な枝を切り払うわけ。
そして列のしんがりにはヴィクトルとビアンカ、そしてルルと私。村の獣人のなかでも戦闘能力の高い、新村長である金髪イケメンを含む狩人たちもここにいる。何しろ二千以上の獣人が村をトンズラするのだ、アルテラの連中が黙って身逃してくれるという考えは甘い、必ず追ってくるだろうから戦闘集団を最後尾に配置したってわけ。まあ私は戦闘要員っていうには、微妙すぎる能力なのだけれど。
クララには「ロッテ様をお守りするのが私の役目!」と頑強に主張されちゃったのだけれど、さんざんお願いして先頭に回ってもらった。だって、シュトローブルと何回も往復して途中の地形や状況を一番知っているのが、彼女なんだもん。サーベルタイガーの受け入れについてハインリヒ兄様やアルノルトさん、そして防衛軍指揮官のエグモント様と調整をしないといけなかったから、先行してシュトローブルまでクララに往復してもらったのだ。かなりの強行軍であったはずなのだけれど、帰ってきた彼女がやたらとつやっつやしているので、きっといいことがあったのだろう。
ポイントは、サーベルタイガーの配置よね。まず一隊およそ百頭の三隊にわけて、一隊はそれぞれ五十メートルくらいの間隔をとってバラけて、移住隊を楕円形に囲む形で進む。
「アルテラ兵と戦うには、密集隊形のほうが良くない?」
「ええ、ヴィオラさん。その通りなのですが、この百頭は戦闘要員として考えていません」
「なんだって?」
そうね、戦闘指揮官ヴィオラさんには理解しておいてもらう必要があるだろう。私はごにょごにょと彼女にささやく。もちろん同じ内容を、ヴィクトルも知っている。
「ふうん、魔獣の能力をそんな風に使うなんて、やっぱりロッテちゃんは発想がちょっとアレよね」
「うぐっ、褒められている気がしません……それで、残り二隊が戦闘要員になります。一隊はヴィクトルの指揮で、列のしんがりを守ってもらいます、もう一隊はヴィオラさんの指揮で、楕円になった第一隊の外側で見つからないように移動、お願いしますね」
「なるほど、そうなると私の隊が勝負を決めるってわけね。やる気湧いてきた、頑張るわよ!」
ヴィオラさんのはしばみ色の瞳が、この時だけは魔獣っぽくギラっと輝いた気がした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
予想していたけれど、移住隊の進みは遅い。まあ、家畜まで連れてるんだから、仕方ないよね。そして虎さん達のおなかを満たすための狩りタイムも必要だ。シュトローブルまで、一週間では着かない感じね。
ものすごい大人数だから、みんなでキャンプできる適地があるわけもなく、窮屈なところでの野営になる。水浴びもできないし、火を使うのも気を遣う。でも、移住隊の人たちは、みんな眼を輝かせているの。まあその理由が「聖女様の領地で暮らせる!」という、ジェシカさんたちに乗せられちゃったアレなのが、ちょっと微妙なのだけど。移住した後でがっかりされないように、頑張んないといけないな。
朝は陽が昇るかどうかの早い時刻から出発。そして延々歩いて移動。老人や子供もいるのだけれど、さすが獣人さんの基礎体力は高い、弱音一つ聞こえない。
むしろ私の方が疲れて泣いちゃいそうだ。来たときはヴィクトルに乗せてもらったりもしていたけれど、今の彼は戦闘モードで人型になっているから無理よね。
「ロッテ、大丈夫?」 「お姉さん、無理していませんか?」
ヴィクトルとビアンカがひっきりなしに声をかけてくれては、手を引いたりお尻を押したりしてくれるから、何とか耐えられる。本当は座り込みたいんだけど、獣人さんたちが私をなにやら崇拝っぽい眼で見ているから、そんなことはできないし。牛と同じ速度で進めばいいことだけが、救いだわ。
そんなこんなでお昼の小休憩をとって、ハーブをちょっとだけ入れた水筒に口をつけたとき、その報告が頭の中に響いた。
(人間の軍隊、およそ五~六百。二十三番が発見)
そうか、ついに来たのね。
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