第184話 ジェシカさんたちの画策

 昼前に村に帰ってきたはずなのに、もう夕方だ。いい加減疲れて眠い。


 いや、実際に熊獣人さんの背中が結構気持ちよくて思わず寝てしまい、ペトラさんに起こされる始末だったわけなんだけど。治療に来たはずなのに、恥ずかしい。


「うん、たぶん三人とももう大丈夫だよね、他人にうつす心配もないはず。今晩だけは様子を見てもらって、明日はおうちに帰って構わないと思いますよ?」


「聖女さん、ありがとうよ」「聖女様……」


 お願い、女性二人で上目遣いしてお祈りポーズするのは、とても恥ずかしいからやめてほしい。


 熊獣人の男性は、もうすっかり気分が良いらしく、小屋の掃除など働き始めていた。私が帰るというので、ちょっと緊張気味に声をかけてくれる。


「あ、ありがとう。俺はまだあんたの考え方に賛同できていないが、あんたが『本物の聖女』だってのは認める。うちの集落の連中にもあんたの気持ちは伝えておくよ……ダンテには、通じないだろうが」


「はい、ご無理はしないでくださいね?」


 ちょこんと首をかしげつつ応えれば、なにやら彼の頬が紅くなる。あらら、熱はぶり返していないと思うのだけれど。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 めでたくお役御免となったペトラさんと一緒に、村の中心に向かって歩く。心配して迎えにきてくれたジェシカさんも合流だ。


 二人はここ三週間くらいの移住おすすめキャンペーンについて、ものすごく熱っぽく語ってくれたの。そう、私たちがデブレツェンに行っている間、二人には勧誘活動の中心になることをお願いしていたのだ。


「二千五百人ですって??」


 どひゃあ。予想をはるかに超える移住希望者にびっくり。この村全体の人口が三千五百くらいだから、七割は応じてくれるってことじゃないの。これは、すごいわ。


「はいっ! 若い世代はほとんど移住を希望してくれました!」


 相変わらず快活な弾む声で、ジェシカさんがややドヤ顔しながらその様子を話してくれる。村長さんや有力者さんはもちろんきちんと村人を集めて説明してくれたんだけれど、ジェシカさんやペトラさんが別途、かなり精力的な説得作戦を実行してくれていたらしい。


「それにしても、こんな短期なのに……」


「ええ、大変でした。でも聖女様のためですもの! 一生懸命、策を考えたのですよ!」


 何だか「ほめてほめて!」っていうワンコ的なオーラをびんびん感じるけど、そこはとりあえず置いといて。


 ジェシカさんの言う「策」はこうだ。まず、若い女性だけを集めて、「隣国より来たりし聖女様」の活躍について、彼女やペトラさんの主観で盛りまくったストーリーを披露する。


 ジェシカさんは可愛らしいし、自らの手を犠牲に子供を救ったことなんかもあって、村娘の間で人気ナンバーワンだ。そしてペトラさんは若い女性の身で村の交易を一手に扱っていたことで働く女性の憧れになっている上に、きりっと凛々しい美貌で「お姉様」系がお好きな筋に大人気。


 この二人がその目にちょっと涙など浮かべながら、「聖女様」の献身と叡智、そして何ら見返りを求めず二人に対して為した「奇跡」について熱く語れば、お嬢さん方はコロッと参ってしまう。そこに「聖女様が自らのご領地に、アルテラの侵略に悩む私たちを招いて下さるわ!」とぶちかませば、よほどの事情がない限り、全員イエスとなるわけよ。


 最初のアプロ―チを若い女性に限定したのは、ペトラさんの意見なのだって。さすがだわ、属性の似た人だけを集めることで集団心理が働きやすくなるって、知ってるなんて。私は聖女修行で習ったことだけれど……聖女にマインドコントロールは必須だからね……彼女は街の人間と厳しいビジネスをする中で、自分でそういう機微を会得したんだろうな。


 村の若い娘たちがこぞって移住すると言い出せば、それを狙っている若い男たちも、我先にと手を上げる。そして若者たちが皆バイエルンに行くと聞いた子持ちの働き盛り世代も、村に残ることは子供のためにならないと思い切る。こうやって、雪崩を打つように移住希望者が増えたというわけなのだって。考えたわよね。


 そこに、疫病が来た。私が予防の施術をした住民から一人も病人が出なかったことで「聖女」の評価が一気にアゲアゲに。迷っていた人も一気に決断した、ということらしい。


 この村に愛着が強すぎたり頑固だったりする年配者以外は、結局のところほとんど呼びかけに応じてくれたというわけなのだ。そして、どうしても村に残りたい人たちは、村長さんが代表となってまとめてくれるのだという。


「すばらしいわ……ジェシカさん、ペトラさん、ありがとう!」


「聖女様のご提案ですもの、成功させないわけにはいきませんわ! ただ、ダンテの支持者である五~六百人はちょっと無理でした。そもそも声をかけることすらできなくて……申し訳ありません」

「あそこの連中はもう、ガチガチに頭が固まっちゃってる。変に説得して妨害されても困るから、残念だけど放っておくことにしたんだ」


「ううん、十分だよ。こんなにたくさん獣人さんが来てくれたら、シュトローブルはきっとにぎやかになるよ! ありがとうジェシカさん、ペトラさん!」


 ジェシカさんの頬が桜色に染まり、笑顔が輝いた。ペトラさんは少し恥ずかしげに、口角をあげた。


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