第183話 治療しますね?
「村には、施術を受けていない方が千人くらいいるはずです。その人たちは大丈夫なのですか?」
私の疑問に、村長さんが眉間にしわを寄せる。
「うむ、そのうち六百ほどが例の……ダンテが長を務める集落の者だ。あそこは、住民が施術を受けることを禁じたゆえな。ダンテは、疫病が出たことを知るなり集落の入口を閉鎖して、自分の集落への疫病拡大を食い止めているようだ」
「おかしな熊獣人さんにしては、珍しく迅速で的確な対応、ですが?」
「うむ、病人のうち八人が、やつの集落の住民だという点を除けばな」
あちゃあ、それってその人たちを見捨てただけでなく、他の集落の人に世話を押し付けちゃったってことか。だから村長さんが怒った顔をしているんだ。
「う~ん、ひどい話ですね……」
「まあ、聖女殿のおかげで我々の集落の者はそれほど病人を怖がる必要がなくなった。交代で隔離小屋に看病に行っておるよ。ただ、獣人はこの疫病に滅法弱いから、次々と死んでおってな。今はもう生き残っているのが、三人だけになってしまった」
「聖女様……助けて、頂けませんでしょうか……」
ずっと黙って私たちの会話を見守っていたジェシカさんが、私に向かって眼をうるませて言葉を絞り出すように懇願するのを見ちゃったら、断れるはずもない。でもお願い、両手の指をがっちり組み合わせて、まるで神様にお祈りするようなポーズをするのは、やめてくれないかな。
◇◇◇◇◇◇◇◇
今回も流されて、疫病に罹った獣人さんの治癒を引き受けてしまった。
病人がいるのは、ペトラさんが閉じ込められていたのと同じ、村はずれの隔離小屋だ。だけどあの時と違って、清潔に保たれているし、看病する人も常時いるみたいだ。今日はペトラさんが詰めて、額を冷やす濡れた布をせっせと取り替えている。
「ロッテちゃん! 来てくれたんだね。ごめんね、何から何まで頼っちゃって」
「ううん、いいの。病人さんは、三人よね?」
「そう、女性が二人、男性が一人ね。あ、そか……ロッテちゃんの治療は、男性にするのはちょっと難しいかな」
「いえ、生命がかかっている時にはそんなことは言っていられないですから」
そう言いながらも、男性は後回しにしてしまうちょっと臆病な私だ。猪獣人のお婆さんの肌着を脱がせて、私も素肌で背中から包んであげる。ペトラさんを治療したときにだいたいの力加減が分かったから、彼女に注いだようなめちゃくちゃたくさんの魔力は、使っていない。まああの時はペトラさんが綺麗だったから、その肌に痕一つ残すもんかって、気合を入れすぎたってのも、あるんだけどね。
乱れた呼吸と熱っぽい身体がだんだん落ち着いて……一時間もしたらかさぶたも取れて、もう大丈夫かなと、今度は二人目の二十代らしい猫獣人さんにひっつく。猪獣人お婆さんの孫で、家に老人がいるからっていうので施術を見送った人なんだって。治療中ではあるのだけど、尻尾がすっごくふわふわなのが気になる。後で触らせてもらおうかなとか余計な邪念を抱いているうちに、彼女も治癒できたらしい。
最後は熊獣人のマッチョな男性、さすがにちょっとためらってしまうのだけど、やらなきゃいけないわよね。素肌は勘弁してもらって、男性も私も肌着を付けたままでの添い寝。相手は若い人だし、くっつき方がえっちに感じられないようにって、余分な気を遣うのよね。最初の女性二人は高熱で意識がほとんどなかったけれど、男性はさすがに体力があって、苦しそうだけど会話をしながらの治療だ。話しかけてくれると意識がそっちに行くから恥ずかしさが薄れて、正直助かるわ。
「あの……俺はあんたたちにさんざん迷惑をかけているダンテが治める集落の住人なんだ。それでも治療をしてくれるのか?」
「そうですね。貴方がこの間私たちを襲った人ならイヤですけど、そうではないのでしょう?」
襲撃に加わったやつらは、カミルたちに腕か脚を折られてしまっているはずだ。この人はそんな様子がないから、少なくとも直接の加害者では、ないだろう。
「確かにそうなのだが、考え方は、あんたたちを襲った連中とそんなに変わらないぞ。あんたたちはよそ者が入るべきではないこの村にずかずかと踏み込んで、疫病予防と称して妙な術を広めたり、最近は外国への移住をそそのかしていると聞く。この村の人間が百年かけて営々と築いてきたものを壊す、招かれざる客だと集落の者は考えている……俺もそうだ。この村の者は多かれ少なかれ、昨日と同じ生活を今日も送りたいのだ」
へえ~。治療を受けているからって媚びるでもへつらうでもなく、率直だわ。意見は違うけれど、こういう人は嫌いじゃない。
「ええ、多くの人が『昨日と同じ生活を』したいであろうことは、私も承知しています。だけどそれは、村の外の環境がそれを許せば、という前提付きで可能になることですよね。皆さんはいつまでも、村の外と隔絶した状態でいられるわけではないでしょう? 塩を求めるために街と交易しなければ生きていけないですし、最近はアルテラが傘下に入るよう強く求めているとも聞きますけど?」
「……それは事実だ」
「ですから、何もしないということが今までの生活を保証するということには、なりませんよね。私は選択肢の一つを示しているにすぎません。実行するかどうかは村の皆さんの自由。施術の件については、応じてくださる方が予想以上に多かったのですが……」
「あれは、確かに効いたみたいだな。うちの集落に住む者は受けなかったようだが、村のためにはなったようだ、感謝する。あれをやることで、あんたに何か見返りはあったのか?」
「ありませんけど? 私たち家族は、おカネに困ってはいないですからね」
「……不思議な娘だな、あんたは」
それっきり、彼は押し黙ってしまった。肌着越しに伝わってくる体温がだんだん下がってくるのを感じながら、私も何も言わず、その背中に寄り添っていた。
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