第182話 施術の効果は

「うわっ! このサーベルタイガーの群れは?」


「え、群れですか? ああ村長さん、ここに連れてきたのは代表の三十頭だけ、その十倍くらい、森の中で待っていますけれど?」


「ひええっ!」


 十日後、ようやっと獣人の村に帰還した私たちへのリアクションは、まあ予想通りだった。


 いきなり三百を超える虎さんが村に乗り込んだらみんなパニックになってしまうだろうから、まず少数を連れて事情を説明しようとしたのだけれど、やっぱりこれでも驚かれちゃうかあ。


「大丈夫です。彼らは私たちの仲間ですわ。彼らもシュトローブルに向かいますから、移住する皆さんの一行を護衛してくれるのですよ」


「む、むむ、確かに害意はなさそうだが……」


 村長さんたちが落ち着いたところで、ここまでのいきさつを説明する。村長さんも、各集落のリーダーさん達もあんぐり口を開けて、驚いているのか……ひょっとしたら、あきれているのかも。


「上位魔獣の群れをそっくり自領にスカウトするなんていう発想は……たいした度胸を持った領主様だな、我らが聖女様は」


「俺も、この聖女さんに同行していて、驚くことばかりだった。ちょっとネジがぶっ飛んでる、というかまともな常識が通じないというか……」


 金髪イケメンのフェレンツさんがフォローを入れてくれたつもりらしいけど、それ全然フォローになってないから。むしろ、ディスってるから。


「いや、済まぬ、むしろありがたいことだ。実は強力な護衛が必要な状況になりかかっているのだ」


 村長さんはすかさず立ち直ったけれど、何やら意外なことをおっしゃるんだ。


「護衛が必要な状況とは?」


「そうだ。我々は聖女様の提案に従って、シュトローブルへの移住者を募った。予想を超える希望者がいたことは良かったのだが、どうも移住案をよしとしない連中……ようはダンテの一派が、アルテラ軍にこの計画を漏らしたようなのだ」


「また、あのおかしな熊獣人さんですの……」


「ああ、忌々しいことだがな。そんなわけで移住者が村を出ると、追手がかかる可能性が大きいのだ。出発の準備を急がせているが、アルテラ軍の追跡を退ける手段が、何らか必要になる、ということなのだ」


 う~ん、あのダンテとかいうおかしな人、ろくでもないことしかしないわね。


「ふむ、それなら我々に任せてもらおう。アルテラ軽歩兵の五百やそこらくらいなら、蹴散らすのはたやすいこと」


 突然自信たっぷりに口を挟んできた美しい女性に、当惑した視線を向ける村長さん。


「ご紹介が遅れまして申し訳ございません。この方が一族の族長、ヴィオラ様ですわ。ヴィクトルと同じように人化の業でこのような姿をとっておられます」


 あわててフォローする私。これは失敗、ちょっと失礼なこと、しちゃったわね。


「ヴィオラと申す。私がサーベルタイガーであることをお疑いなら、いますぐ獣化して見せて差し上げるが……」


「い、いや結構、こちらこそ失礼した……聖女様が我々を偽っても、何の利益もないことはわかっているというのに、あまりに若く美しい女性が上位魔獣の族長と伺い、つい……」


 わたわたと言い訳をする村長さんに、優しくうなずきを返すヴィオラさん。「若く美しい」のあたりからご機嫌がにわかに良くなったわよね。やっぱり、女性が気になるのは、そこなのよ。


「うん、これでわかっていただけましたよね。だけどさすがに疲れました、今日はちょっと早いですけど、ひと眠りしたいです……」


 そう言って村長さんを見ると、まだ落ち着かなげな表情。


「実は、もうひとつ問題があってな……」


 はあ~っ、まだあるの? そろそろ勘弁して欲しいわあ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「移住準備を進めている矢先なのだが、また、例の疫病が発生してな」


「ええっ? 村の中からですか?」


 あ、ヤバい。予防の施術は完全に安全な手段じゃない、だってわざと「軽く」疫病に罹らせるんだもの。一週間以上経過を見たから大丈夫と思ったのだけれど、あれが原因で本物の疫病が発生した可能性もあるわけよね。


「いや、倒れたペトラの代わりに街との交易を担当した男が外から持ち込んだのだ。しかもその男は、不用意にも体調を崩した後に数十人の村人と接触してしまってな」


 う~ん、施術が原因じゃないのは良かったけど、それは一番やっちゃいけないやつでしょ。疫病に弱い獣人さんのコミュニティであれば、なおさらだ。


「では、一気に疫病が拡がってしまったと?」


「十五人ほどが一気に罹ってしまったのだが……不思議なことに『聖女の施術』を受けた者からは、一人も病人が出なかったのだ。いやいや、聖女殿の言うことを信じていなかったわけでは、決してないのだが……」


 まあ、村の人から見たら「怪しい術」だし、効果を信じてもらえなかったのは仕方ないよね。むしろあんな危なそうな術を、私を信じてあれだけ多くの人が受けてくれたことに感謝しているくらいだ。そうか、役に立ったんなら、よかった。


「お話を聞く限りでは、効果があったようですね?」


「そうなのだ。まさにあの時、二千を超す村人に術を施してくれていなければ、村は滅びていたかも知れん、ありがとう聖女殿」


 うん、久しぶりに本物の聖女らしい仕事が出来た気がするわ。結構大変だったけど、村長さんの感謝の言葉が、とても気持ちよく染み込んでくる、とっても嬉しいよ。


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