第180話 ガールズトーク

 お仕事から帰ってきたヴィクトルと、私はまともに眼を合わせることができていない。


 ヴィオラさんと一緒にこなしてきたあれこれの戦闘やなんかのことをさらっと聞けばいいのに、話をしたら余計なことを口走ってしまいそうで、怖かったからだ。


 そのヴィオラさんは今日も忙しいのに優しく私たちに気を遣って、いろいろ話題を振ってくれるけど、私の応答は明らかにぎこちない。


「ロッテお姉さん、風邪でも引きましたか? 今夜は早くお休みくださいね」


 ビアンカにまで気遣われる始末だ。ヴィクトルが心配げな視線を私に向けているのは感じているけれど、そこに視線を合わせる勇気が、今はない。


「う、うん。今日は、早く寝かせていただくわ」


 そう言って、自分「だけ」の寝具にもぐりこむ。ここのところ、ビアンカやカミルと添い寝をしていないのだ。


 もともと魔力チャージの目的もあって触れあいながら寝ていたわけだけれど、最近のビアンカはお口でのチャージがお気に入りになってしまって、添い寝では満足してくれなくなった。カミルの方は最近身体が男の子っぽくなりすぎて、一緒に寝るのが恥ずかしくなってしまったので、やっぱり添い寝卒業ということにしてもらったの。カミルへの魔力供給は問題ないわ、だってもともと私とカミルの魔力相性はなぜか抜群、身体のどこかに触れるだけで全力チャージできてしまうのだもの。いっぺんぎゅっと握手すれば、それだけで二日や三日は大丈夫なのよ。


 そんなわけで一人寝をしているわけなのだけど、今日はそれがありがたい。ビアンカを抱きしめて寝ていたら、余計なことを考えてしまいそうで。


 それでも、なかなか眠れない。気が付くと、昼間の虎さんたちが交わしていた会話が脳裏に浮かんでしまう。そして、あの人と自分を比べてしまう。彼の隣に立つには、どちらがふさわしいのかって。


 何度も寝返りを打って、眠りの妖精から完全に見放された頃、かすかな衣擦れの音とともに、柔らかくて暖かいものが私の背後に、ひそやかに潜り込んできた。


「む、あ、クララ?」


「はい、今晩は久しぶりに、ロッテ様とご一緒にと思いまして」


「魔力は、き……キスで足りていると思うのだけど」


「そうですね。でも、今晩はロッテ様に寝物語をして頂くために参ったのですよ」


「寝物語って?」


「ロッテ様……また何か、悩んでおいでなのでしょう? 主に、恋愛方面で。そういう時だけは、とても切なそうなお顔をなさるので、すぐわかるのですよ」


「そ、そんなこと……あるかも」


 ええい、クララにはもういろいろぶっちゃけてるわけだし、今更とぼけても、ムダか。私は今日の昼間から抱えていたもやもやを、結局全部、白状させられてしまった。


「はあ……ロッテ様は恋愛に関しては以前から天然でしたけど、最近は完全にポンコツになっておられますね、この先が思いやられますわ」


「ポ、ポンコツって、それはあまりにも……」


「主人に対し失礼とは存じますけど、こればっかりはポンコツとしか申し上げようがありませんわ、ロッテ様。そもそも、ヴィクトルさんの隣に立つご覚悟がないのに、その座へのふさわしさを誰かと比べるとか、おかしくありませんか?」


「うぐっ」


「しかも、ヴィクトルさんの想いに応える勇気はないのに、彼が他の女性のものになるのがイヤなのですね。私も女ですからその気持ち、少しわからないでもないのですが、彼はチェストにしまいこんだ宝石ではありませんからね?」


 今日のクララは容赦なく私の痛いところを的確に突いてくる。しかも、その言葉はいちいち正しい、まったく反論できないのだもの。


「クララの言う通りだわ、ごめんなさい……」


「ロッテ様をやり込めるつもりはなかったのですが……今のお気持ちが伺いたかったのです。まだ、ヴィクトルさんとお付き合いするご決心が、つかないのですか?」


「うん。まだ踏み出す勇気がないの」


 はあ~っというクララのため息が聞こえる。やっぱり、ポンコツだと思われたかな。


「まあ、これがロッテ様ですわね。ヴィクトルさんも、こういうロッテ様がいいとおっしゃっているのですから、あきらめていただくしか、ありませんわね」


「でも、ヴィオラさんとお似合いだって、みんなが……」


「あれは外野が希望的観測を言っているだけです。そもそも、ヴィオラさんは魔獣でしょう。魔獣は、つがいとなる相手がこの世にいる限り、他の異性に眼など向けないものですよ。旦那様のディートハルトさんは消息不明なだけ、亡くなったとは限りません。彼の骨でも見つけない限り、ヴィオラさんがヴィクトルさんをどうこうすることは、あり得ないのです」


 噛んで含めるように私の不安を取り除こうとしてくれているクララ。だけど、一旦委縮しちゃった私の気持ちは、なかなか元に戻らない。


「でも、ヴィクトルのほうが彼女を気に入ることは……」


「そんなこと、ありうると思いますか?」


 あると言ったら怒る、というような圧力を漂わせながら、クララが迫ってくる。うん、そうだね、そこは疑ってはいけないところだった。ヴィクトルの一途でまっすぐな気持ちに、一片の噓もないことは、ニブい私にもわかる。


「きっと、ない、よね……」


「ふぅ。本当に世話の焼けるご主人ですね、ロッテ様は。まあ、そういうところが、そそるのですけれど。どうですか、もやもやを吐き出して、少しはすっきりされましたか?」


「ありがとうクララ。うん、明日には普通に戻れそうだよ、心配かけてごめん」


「それは、ようございました。但し、この恋愛相談は業務外ですから、別途ご褒美を頂戴いたしたいですわ」


 それまで優しく細められていたクララの眼が、なにやら獲物を狙う狼の眼に変わる。


「え~っ、ご褒美って……」


「おわかりでしょう?」


 うん、よくわかるよ。私は覚悟してまぶたを閉じる。そしていつもより数倍濃厚なそれを、どきどきしながら受け止めるのだった。

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