第179話 もやもや

 私たちが遊んでいる間に、ヴィオラさんが具体的な方針をさくっと決めたらしい。


 移住準備は一週間。その後は獲物など狩りながらゆっくりと西進し、私たちが来た道をたどってシュトローブルに向かうという、ざっくりした計画だ。まあ、重たい荷物もないし、逆に言うと食料も携帯できないから、そんなやり方しかないのだろう。


 その途中、獣人の村に寄ってもらうようにヴィオラさんにお願いした。獣人の村からも移住者を募っているところで、こっちは虎さんたちと違って道中庇護してあげることが必要だ。私たち家族だけでは守り切れないし、ぜひ一緒に守ってあげて欲しいとお願いすると、彼女はにやっと笑って快諾。


 「獣人に貸しをつくると、必ず何かで返してくれるからね」というのが彼女の弁だったけど……裏を返すと「人間には貸しても返ってくるとは限らない」ってことなのよね。複雑だけど、いろいろ事実だから、仕方がない。


 準備期間の虎さんたちは、荷造りはないけど結構忙しそうだった。


 この森には妖魔が湧くスポットが数か所あって、サーベルタイガーが日々の糧として狩るとともに、湧きすぎて森の外に被害を及ぼさないように魔石なんかを特殊なパターンで配置して、コントロールしていたんだって。彼らがここを去るにあたって、狩れる分だけ狩った後は魔石の制御を排除して、自然に任せることにしたそうだ。きっとアルテラの採掘部隊がこの森に押しかけてくるだろうけれど、その時は湧きまくった妖魔たちと一戦交えてもらうことになるわけね。ま、そのくらいは当然かな。


 そして長年この森で妖魔を狩り続け、溜まりに溜まってあちこちに隠してある魔石も回収する。そんな大量の魔石をアルテラに渡したら、奴らがろくなことをやらないのが、目に見えているからね。人間の街では高価で売れるとヴィオラさんに言ったら、だったら売って、獣人村の建設資金にしろだって。さすがビアンカのお母さんだ、包容力が段違いだわ。


 そんなわけでヴィクトルとビアンカは、虎型になってヴィオラさんの湧きスポット撤収作業を手伝っている。制御を解除すると結構強力な妖魔が出てくる可能性があって、危険なんだって。まあ、ヴィクトルがいればまともな妖魔ならちょちょいと片付けちゃうよね。


 カミルは何も言わないで朝ふらっと出て行って、夕方になると帰ってくる。どうも竜化して何やらやっているようなのだけど、私には言いたくないようだから、あえて聞いていない。男の子だから、私たちに隠したいことも、あるよね。


 クララと私はみんなのためにご飯をつくるのだけど、そのほかの時間は暇なのよね。クララはヴィオラさんの服を繕ったり、すぐに自分の仕事をささっと見つけているけど、あまりできることが多くない私は昼の間ずっと、大きな切り株に座ってぼうっとしているしか、することがない。


(なあ、結構お似合いのつがいだと思わないか)

(そうよねえ、お年も釣り合ってるし、二人とも美しくもたくましいからね)

(身分だってそうだな。族長家同士なら理想的だし)

(ヴィオラ様も雌としてはこれからだし、ぜひ跡継ぎをつくってもらいたいわよね)


 あ、聞くつもりもないのに、虎さんたちの何気ない会話が思わず聞こえてしまった。


 これって、もしかしなくても、ヴィオラさんと……ヴィクトルのことだよね。虎さんたちは、族長のお相手に、ヴィクトルを望んでいるんだ。


 確かに、お似合いかもしれない。


 ヴィオラさんは、ビアンカを産んだ時に二十歳、今は三十三歳なんだって……そして見た目は二十代前半のぴちぴちだ。見た目二十代後半で、実際は四十歳ちょっとのヴィクトルとは、まさにばっちり釣り合っている。伴侶をどうやら失ったらしいヴィオラさんの気持ちが整理されていればだけど、人間とつがうよりよほど、理想的なカップルと言えるよね。


 私のように、先に老いていく自分を嘆く必要もない。一緒に手を取り合って、齢を重ねてゆける、それはとてもすばらしいことではないだろうか。


 そして、彼女はとても美しい。人型もくっきり美形だし、虎型はあの素晴らしい毛並みに思わず見とれてしまう。それに外見だけではなく、内面からにじみ出るエネルギーみたいなものが、とても綺麗なのだ。族長の重圧を全身に受けて、それでもひるまず立ち向かう姿勢は、同性の私から見ても、キラッキラに輝いている。悔しいけど、ヴィクトルとお似合いだ。


 あれ? 「悔しい」って今思った? 


 私はヴィクトルが他の女性とくっつくのが、「悔しい」んだろうか?


 彼が私に向ける想いを知るまでだったら、私は全力でヴィクトルとヴィオラさんをくっつけようと、煽っただろう。だけど、その想いを知ってからというもの、なんだか私の感情が、自分のものじゃないような動き方を、時々するようになったんだ。彼を取られたくない、そんな想いが、ときどきこの胸に湧いてくるんだ。 


 私はヴィクトルに少なからぬ好意を持っていることは間違いない。間違いないのだけれど、その好意は彼と「つがい」になりたいということなのかと問われれば、私は迷い、考え込んでしまう。こんなふらふらはっきりしない私が、彼を「取られたくない」なんて、思う資格があるのだろうか?

 

 切り株の上で、私はまるで根が生えたようにじっと、考え込んでいるのだった。


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